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第1話

 深森信用金庫の総合職である匠は支店近くのエリアを受け持ち、個人·法人を問わず担当している。


 基本的な業務の一つに集金があり、月1回顧客と約束した日に訪問し、個人であれば主に毎月決まった金額を貯蓄していく定期積立の入金分を現金で預かる。

 また法人や個人事業主であれば事業で発生する振込や各種支払等を預かることが多い。


 ただそれだけではなく取扱っている商品は各種預金·事業性融資·住宅ローン·個人ローン·投資信託·各種保険·年金手続き等と多岐に渡る。


 訪問し、情報提供と共にそれらの需要が無いかを探り出し、場合によっては営業するのが集金の大きな目的の一つだ。


 また集金が無い時間は、集金の約束が無い取引先を回ったり、そもそも取引が無い先を回る……所謂『新規開拓』をし、やはり情報提供や営業を行う。


 これを毎日、ひたすら自転車を漕ぎながら地域を回り、繰り返す。


 花岡事務所は集金先であるが、少し特殊で月1回では無く毎週火曜日と金曜日の午前11時に訪問する約束となっている。

 事業規模が大きい為特別扱いというやつで、匠のずっと前の担当から続いているようだ。


 実際に週2回も訪問しているにも関わらず集金時には大量の書類が出てくる為、毎回処理に早くても30分、場合によっては45分程度かかることもある。


 集金が終わるとほぼ昼前になるので、花岡事務所を訪問した後は昼の処理の為にそのまま一度支店に帰る、というのが匠の火曜日と金曜日のルーティーンとなっている。


「今日もよろしくお願いしま〜す!」


 そう元気良く言いながら奏は匠との間に人1人分空けて同じソファーに座り、そのスペースにクリアケースを置く。


 奏は今日はブラウンのシャツに白のロングスカート。彼女のふわっとした雰囲気と相まってとても可愛らしい……と匠は胸の内で感想を述べる。

 置かれたクリアケースに目を移すと今日も大量の請求書やら伝票が入っているようだ。


 担当が奏に変わってから最初の方こそお互いに緊張が見られたものの、一月も経過すればお互いに大分慣れてきたのもあって、匠がタブレットに預かり物件の詳細を入力している間は雑談タイムと化す。


「じゃあ花岡さんは大学卒業してすぐこちらに入られたんですね」


「そうですそうです。この4月に入ってそこから研修とか少しやってから経理部に配属って感じですね~」


 『あ、でも』と奏は続ける。


「最初はここじゃなくて他の会社に就職しようと思ったんですよ」


「え、そうなんですか?」


「だって嫌じゃないですか!? 身内が同じ会社にいるのって」


 匠は奏の語気を少し強められた言葉に興味が湧き上がり、タブレットから顔を上げると奏と目が合う。


 奏は少し恥ずかしそうに匠の視線から目を逸らして前を見ると、苦虫を嚙み潰したような顔をしながら続けた。


「父だけならまだしも……兄もいるんですよ?」


 兄――社長の息子も花岡事務所にいるというのは初耳だったが、中小企業において社長の子供が次期社長候補として働いている、というのはなにも珍しいことではない。

 

「あ〜……まぁ……確かに……私も一緒に暮らしている姉がいるのですが、職場まで一緒と想像するとちょっと嫌かもですね」


 という匠の言葉に『でしょう!』と奏はドヤ顔をするが。


「なら尚更何で花岡事務所に?」


 と匠が尋ねると『うっ』と奏の口から声が漏れる。


 どうやら痛いところを突かれたらしく、奏はみるみるうちにしぼみながら下を向いてしまう。


「……うしょ……かつ……」


 ポツリと奏が何かを呟いたが匠は聞き取れなかった為、思わず『はい?』と聞き返すと、奏は恥ずかしそうにおずおずと――。


「……就職活動とか……無理じゃないですか……?」


 と呟いた。


 下を向いた奏の表情は見えないが、ボブヘアーの隙間から少し覗いている耳たぶはやや赤く染まっている。


「あぁ……なんとなく分かりました」


「そうです~……2社落ちて心が折れたんです~……。

 低きに流れたんです~……笑うなら笑ってください……」


 奏が少しいじけたようにそう言った為『うぅぅ……』と低い声で呻いている奏を横目に、匠は頭の中でフォローの言葉を考える。


「いやいや……仮に私が同じ立場だったら、もし姉がいたとしても花岡事務所に入れるなら甘えちゃうと思いますね。

 多分『ラッキー!』って感じで、就職活動をしようとも思わないと思います。だから2社受けただけでも充分偉いかと」


 うじうじと落ち込み始めた奏に匠がそう励ますように返すと、奏は先ほどまでの落ち込みようは嘘だったかのように、一気にぱぁっと笑顔の花が咲く。


「で……ですよね! 私なりに頑張っただけ偉いですよね!」


 と、なんとか機嫌を取り戻した奏を横目に、上手くフォローできて良かったと安堵しながら匠はタブレットへと視線を戻し、入力を再開する。


 奏が担当になってから1ヶ月、匠には少しずつ分かってきたことがある。


 奏は初対面の印象通り快活なタイプでよく笑うこと。


 お喋りは結構好きらしいこと。


 割とコロコロと表情が変わる、良く言えば感情表現が豊かなこと。


 社内規定では事務職はスーツでも、過度に派手で無ければ私服でも問題は無いらしいが、奏はお洒落をするのが好きらしく毎日私服を着ていること。


 ――そしてそんな奏と会える火曜·金曜の11時を、少しだけ楽しみにしてしまっている自分がいる、ということだ……。

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