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第18話

 芽依と匠が各々お酒のグラスを店長から受け取った後、芽依はぽつぽつと話し始める。


「同期の中でもいくつもグループが出来てたんですけど、同じグループにいた彼から3年目の夏に告白されたんです。私も好意は持っていたのでそれで付き合う事になったんです」


 そう言った後、芽依はグラスに一度口をつける。


「……ただその直後に彼の海外駐在が決まりまして……」


 芽依の話では五ノ上商事では早いと2年目から海外駐在になることもあるらしい。

 その期間は3〜5年くらいが一般的らしいが、それが短いのか長いのかは匠には分からない。


「距離だけじゃなくて時差もあるじゃないですか? ついてないですよね……それでも付き合いたて当初の特有の高揚感というか、気持ちが盛り上がってたので『乗り越えよう』って2人で言ってたんです」


 日本国内ですら遠距離は難しいと思っている匠には、海外でなんて不可能にすら思えた。

 希望があるとするならば長くても5年経てば帰ってくるというところだろうか。


「で、いざ始まると大変でしたけど、でもお互いに時間を作ってなんとか連絡を取り合ってました。『障害があるからこそ燃えるよね』みたいなことを言ったりして」


 普通なら激務と聞く総合商社で、更に彼は海外という慣れない環境や新しい仕事に一杯一杯になることは想像に難くないが、それでも芽依の為に頑張っていたようだ。

 

「ただその年の冬あたりから私は仕事に悩み始めていて……激務だとは分かっていましたが、でも想像以上に辛くて……少しずつ責任が増える毎に……だんだんと朝起きると吐き気を催したり、会社が近くなると動悸がして冷や汗が出てくるようになってしまって……」


「それは大分やばいですね……」


 匠のいる深森信用金庫でも成績が悪いと支店長や、最悪の場合本部役員から詰められる為、ノルマへの重圧からか同じようになる営業職員はたまにいる。

 そしてその状態が酷くなった職員は匠が知る限り大体が休職し、復職することなく辞めていく。


「なんとなく親に相談できなくて……もちろん私より忙しい彼にも相談することもできなくて……余計な心配かけたくないですし……結局丸3年で辞めることに自分で決めたんです……」


 そう言った芽依は当時を思い出したのか少し悲しそうな顔をした後、グラスを煽り飲み干すとおかわりを注文した為、匠も何となく同じように飲み干し注文した。


「ただ……辞めたことを彼に伝えたら怒らせてしまって……『なんで相談してくれなかったんだ』って……」

 

 芽依は慣れない環境の彼に余計な心配を増やすまいと相談しなかったようだが、逆にそれが彼の怒りに触れたようだ。


「ちゃんと謝って、仲直りはしたんですけど……私が辞めたことで共通の話題も無くなったせいで……それから徐々にですけど多分お互いに気持ちが離れ始めたんだと思います……」


 芽依は『共通の話題が無くなったせい』と言っているが、匠は少し違う印象を受ける。

 恐らく彼は『彼氏』というポジションに居ながら相談が無かった事を『信頼されていない』と受け取り、相当なショックを受けたのではないだろうかと思う。

 『仲直りした』と言うが、表面上は取り繕えても深層心理に刻まれた『信頼されていない』というイメージを覆すのは簡単では無い。


 その深い所に刺さった小さな棘が徐々に徐々に2人の距離感を遠くさせたのでは無いか、と匠は思うがあえて口にせず聞き手役に徹する。


「それで少しずつ連絡も減っていって……それに比例するように私も段々と彼への気持ちは無くなっていって……最早この1ヶ月はお互いに一切連絡を取ってませんでした……」


 『自然消滅というやつですね』と言いながら芽依は小さく笑う。


「それで『別れた』と?」


 と匠が問うと芽依は首を振る。


「中途半端は嫌なので数日前に連絡を取ってちゃんとお別れすることにしました」


 普通なら有耶無耶に終わらせそうなところだが、芽依はちゃんと区切りをつけたようだ。


「…………偉いですね」


 と匠が言うと、芽依ははにかむように笑う。


「……一応……その……決意表明みたいな意味合いもありまして……」


 芽依のその言い回しに匠の頭にははてなマークが浮かぶ。


「……別れる事に対する決意表明ってことですか……?」


 と匠が聞くと、芽依は目を細めながら眉尻を下げる何時もの特徴的な笑顔で。


「そうですね。そういうことにしておきましょう」


 と言いながら『ふふっ』と笑った後、グラスに手を伸ばし口をつけた。


 匠は芽依の真意が分からず、なんとなく居心地の悪さを感じながら同じようにグラスに手を伸ばし口をつける。


 少しの沈黙の後、芽依は匠に辛うじて聞こえるくらいの小さな声で『よし』と言った後匠に向き直る。


「朝倉さん実は私結構……お酒飲むのが好きでして」


 と言ってきたので、匠は少し意外だなと思いつつ。


「へぇ〜……何がお好きなんですか?」


 と返すと芽依ははにかみながら。


「そうですね……大体なんでも飲みますけど……日本酒とかハイボールが特によく飲むかもですね……朝倉さんはお酒お好きですか?」


 と聞いてきたので、匠は『そうですね』と返しながら考える。


「家で1人では飲みませんけど、姉が赤ワインが好きで家で飲む時は一緒したりしてますね。後は営業で週に1回位飲みに行ったり……接待の時も飲みますね」


 要は飲む機会があれば普通に飲むが、1人では飲まないということだ。


 それを聞いた芽依は少し安堵したように息を漏らした後、1つ頷く。


「もし良かったらなんですが……私実はこういうお店好きで色々と巡りたいんですが、やっぱり女性1人だと危ないので……一緒に……いかがでしょうか……」


 と少し恥ずかしそうに言った芽依の肌が薄く桜色に色付いているのもあってかやけに色っぽく見えて、匠はお酒で少しふわふわとした頭で『あ……はい……』と答えるので精一杯だった。



――――



 その後少しして解散し、匠は帰りの電車の座席に座っている。


 少しだけ酔いが覚めてきた頭でさっきの出来事は自分の妄想なのでは無いかと思い、スマホを点けてはアプリを開くを繰り返していた。


 だが何度確認してもその連絡アプリのトーク欄には『藤森 芽依』という名前が表示されているのであった。

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