第13話
『接待』という文化がビジネスのシーンには存在しているが、深森信用金庫にも当然のようにある。
夜食事を共にすることや土日に一緒にゴルフに行く等が多いが、珍しいケースではお客様と船釣りに行ったという話を聞いたこともある。
お客様から『色々とお世話になっているから』と誘われることもあるし、逆に何時も不動産登記等でお世話になっている司法書士の先生を、普段のお礼も兼ねて金庫職員が食事にお誘いすることもある。
時代の流れと共に徐々にその頻度は減っているものの、まだ完全に無くなったわけではない。
そして今回花岡事務所の社長からの接待があるらしい。
なんでも支店長が数か月前から取り掛かっていた『花岡事務所の支店設立に伴う不動産購入』の数億の融資案件が無事実行できたらく、そのお礼とのことだ。
当然その対象は支店長となるわけだが、何故か『朝倉、お前も呼ばれてるから来い』と支店長から告げられたので、匠は面識の無い花岡社長との接待に訳も分からず同行することとなった。
支店長と共に何時もより少しだけ早く支店を出て、タクシーにて指定されたお店に約束の5分前に着いた後、匠が入り口で予約の内容を告げると相手側は既に到着しているようだった。
そのまま店員が『ご案内致します』と歩き出した為、匠は支店長の後ろからついていく。
到着した個室の扉を店員がノックした後『失礼します』と言いながら開けると、手前側に座っていた男性がすっと立ち上がった。
「支店長、お忙しいところご足労いただきありがとうございます」
そう言いながら男性が手を出すと、支店長も手を出して握手をする。
「いえいえ、お誘いいただきありがとうございます」
と返したので、匠は恐らくはそうだろうと思っていたが、この男性が花岡社長だと確信する。
50代と聞いていたがとてもそうは思えないほど少し焼けた肌には張りがある。
筋トレが趣味らしく引き締まった体に合う細身のパリッとしたスーツを着こなしており、しっかりとセットしたツーブロックと顔に浮かぶ満面の笑顔はまさに『エネルギッシュ』といった感じだ。
その顔が匠に向いた為、匠は名刺を取り出し『お世話になっております。朝倉です』と差し出すと花岡社長も名刺を取り出し交換する。
交換した名刺には『花岡 一』と書かれていた。会社名と役職名と名前だけが縦書きで書かれているシンプルな名刺である。
「いつもうちの経理がお世話になってます。立ち話もなんなんでどうぞ」
と花岡社長に促され個室に入ると中は薄暗くなっているが、机の前には鉄板がくっついているのが見えた為、匠はここが鉄板焼きの店なのだと認識した。
机がコの字型になっており、各机の前に計3枚の鉄板がセットされているその真ん中の空間には、白い長い帽子と白いエプロンを付けた男性シェフが立っている。
「いらっしゃいませ」
とその男性シェフが頭を下げたため、匠も会釈をしながら奥へと進もうとした時――。
「いつもうちの朝倉がお世話になっております」
「いえいえ、こちらこそいつもお世話になっております」
という支店長と女性との会話が聞こえてきた。
なんとなく聞き覚えのあるその声の方に匠は目を向ける。
店内が薄暗かったことと、ダークネイビーのセミフォーマルなワンピースを着ていたこともあり最初は気付かなかったが、そこにはやや緊張した面持ちの奏が立っていた。
奏は匠の姿を認めると、少し安心したのか軽く微笑み小さく手を振ったが、匠が予想外の出来事に固まっているとそれを察したのか、奏は少し困ったような表情で。
「『深森信金さんにはお前もお世話になってるし、社会勉強の一環として付いてこい』って社長が」
と説明すると、それを後ろで聞いていた花岡社長が説明を付け加える。
「そう言ったら『集金担当の朝倉さんも来るなら』って譲らなくてね。それで朝倉さんにも声をかけさせてもらったんです」
「ちょ……ちょっと余計な事言わないでよ!!」
そういうことか……と匠が納得している横で奏は花岡社長を睨んでいたが、少ししてから匠を見ると。
「……あの! 知っている人がいるのといないのとじゃ全然違うというか……! そういうあれであれなので……他意はないと言いますか……その……」
と後半声量が落ち何を言っているか分からなかったが、そう言った奏に対し匠は1つ頷き『分かってます』とだけ返した。
照明が薄暗い為確かでは無いが『なら良いんですけど……』と言った奏の頬が赤く染まっているように見えたのは匠の気のせいだろうか。




