第12話
「愛……ですね……」
そう言った芽依の声は、どこか柔らかさを含んでいた。
芽依が金曜日を担当するようになって約2か月が経過したとある金曜日、匠は例のごとく詳細をぼやかしながら、恵美子と祥市の話をしていた。
本格的な夏が近づいてきており日に日に真夏日が増えてきている。
深森信用金庫は既にクールビズが始まっており、匠はノーネクタイ・ノージャケットに半袖のワイシャツだ。
匠は気付かれないように同じ白いソファに座っている芽依に目線を向ける。
先ほど匠が話した恵美子と祥市の話を聞き、遠くを見ながら余韻に浸っている様子の芽依は相変わらずスーツ姿だったが、ジャケットは着ておらず白い長袖のワイシャツとその上には淡い青色の薄手のカーディガンを羽織っていた。
「愛ですよねぇ……」
匠も心底そう思い、深く頷く。
「でしたら奥様は引っ越しをしなくて済んだんですね」
匠もある程度まとまったお金が入ったことだし、恵美子は祥市との思い出があるマンションに住み続けるものだとばかり思っていた。
だが現実はそうはならなかった。
「いえ……奥様も大分悩まれたようですが、結局は近場の家賃の安いアパートに引っ越すことにしたそうです」
匠がそう言うと芽依は少し意外そうな顔をしながら匠を見た。
予期せぬタイミングで目が合ったことに少しドキリとしつつも、匠は続ける。
「ご主人が残してくれたものを、少しでも長く残していたいんだそうです」
匠がそう言うと芽依はへにゃっと眉を下げて笑いながら。
「やっぱり愛ですね……」
と言ったので、匠は『そうですね』と少し笑って返しながら、恵美子が封筒を愛おしそうに抱きしめていたあの時の光景を脳裏に思い浮かべていた。
……少しの沈黙の後。
「なんだか……2人の愛を目の前で見てあてられたのかもしれませんが……好きな人がいるって良いなって思いました……」
と匠が目線を外し、前を向きながら思わず浮かんできた言葉を口にすると、芽依はぱちり、と一つ瞬きをする。
「……その言い方ですと……お付き合いされている方はいないんですか……?」
「そう……ですね……いた……ことも無いです」
匠は奏との会話で失敗したことを思い出し、同じ轍は踏むまいと潔く交際経験が無いことを告げると。
『へぇ……』と芽依は小さく声を漏らす。
「ちょっと意外ですね」
「そうですか? 特段顔が良いわけでも、身長があるわけでもないですし……」
匠が少し自嘲気味にそう言うと、芽依は考えるように頭を少し傾けた後口を開く。
「外見で言うならいつも清潔感あって爽やかだなぁと思いますし……というかそっちというよりかは、まだそんなに知り合ってからは長くないですけど……でもお話聞いていると朝倉さんって仕事にも他人にも真摯に向き合っているなって思いますし、凄く誠実な人柄だな、という印象を受けます」
まさか芽依がそんなことを言うと思っていなかった匠が思わず芽依を見ると、芽依は一つ頷く。
「そういうところ……良いと思いますよ」
ふわりとした笑顔と共にそう告げられ、他意は無いと分かっていても匠の胸の鼓動は自然と早くなる。
「えっと……ありがとうございます……?」
普段あまり褒められ慣れていない匠がややぎこちなくそう言うと、芽依は『いえいえ』とだけ返す。
匠はなんとなく気恥ずかしいものを感じた為、払拭しようと一つ咳払いをした後、芽依に話を振る。
「藤森さんの彼氏さんは前職の元同期なんでしたっけ?」
「……あ~……まぁ……そうですね……」
匠は惚気られることも覚悟しつつ振った話題に対し、芽依の反応があまり良くなかったことに内心焦る。
ちらりと伺った芽依の顔はまさに無表情という言葉がぴったりで、感情が読めない。
まずい話題だっただろうか……まさかセクハラになったりしないだろうか……だが彼氏の話題は以前芽依の方から話してきたことだし……。
……ならば彼氏と喧嘩中とかだろうか……。
などと匠が冷静を装いつつ頭の中でぐるぐると考えていると。
「そういえば先日奏さんと『都内の高級ホテルのビュッフェ行きたいよね』って話になりまして、ローストビーフも美味しそうですしデザートはパティシエが作ってるらしいんですよ。それで今度一緒に行くことになったんです」
と芽依が何事も無かったかのように笑顔で話題を変えたので、匠は芽依と彼氏の関係への疑問や、いきなり話題をそらされたことに対する困惑や、奏と芽依がプライベートで遊ぶ約束をするほど仲が良いということに驚きを感じたが……。
「あ~…………お2人そんな仲良いんですね。ちなみにどちらのホテルに行かれるんですか?」
と、匠は一旦全てを脇に置いておくことにした。




