第11話
恵美子の口座に相続金が入金された後、匠が預かり物件を返却しようと恵美子のマンションを訪問すると、リビングの床にいくつかダンボールが置かれているのが見えた。
恵美子は床に座りながら引っ越しの準備をしていたようだ。
その光景を見て匠はなんとも言えない嫌な気持ちになるが、できることは何もない。
「朝倉さんわざわざすみませんね」
そう言いながら返却物を受け取った恵美子は何時ものようににこにこと笑っていた。
匠が暗い表情をしていたのに気付いたのだろう。
恵美子は何も気にしていないという事を主張するように、明るい声を出す。
「前にも言いましたけどこんな広い部屋に1人で住んでてもしょうがないですし……それにこうやってたろさんとの思い出を一つ一つ思い返す良い機会になったので」
そう言いながら恵美子は本棚からアルバムを抜き取り、軽く中身を確認した後アルバムの表紙を優しく一撫でし、ダンボールに入れようとした。
――その瞬間。
ふぁさっ。
……と1つの封筒が床に落ちる。
『あらなにかしら』と恵美子が拾った封筒には『一時払い終身保険 保険証書在中』と記載されていた。
その文字を認識し、匠は心底驚く。
保険の種類の1つである一時払い終身保険。
一括で保険金を支払って契約するこの保険には2つの性質がある。
1つは長期の資産運用としての性質で、契約をしてすぐに解約してしまうと元本を下回るが、10年といった長期で置いておけるならば、解約した際に定期預金にしておくよりもよほど良い利息が付く。
そしてもう1つは契約時に『契約者が死亡した際の受取人を指定できる』という性質だ。
受取人が請求をすると保険会社から死亡保険金として受取人に入金される。
この死亡保険金は受取人の固有の財産となり。
――原則遺産分割協議の対象外となる。
そう匠が恵美子に説明をすると、恵美子は信じられないものを見たかのように2度3度瞬きをした後、震える手で封筒を開ける。
契約日は祥市が仕事中に倒れた日の数年前。
そして……その下に記されていたのは……。
『死亡保険金受取人 本多 恵美子』
――『保険金額 1,500万円』
中身を確認した後、恵美子は少し固まっていたが、やがてゆっくりと動き出すと、封筒をとても……とても大切そうにそっと胸に抱きしめ俯く。
その姿はまるで愛する恋人からのラブレターを受け取ったかのようだ……と匠は一瞬思ったが、すぐに思い直す。
『ようだ』では無い。
祥市が当時何を思ってこの保険を契約したのかは今となっては分からない。
だが事実として『自分に何かあった時に困らないように』と恵美子を案じ契約していたこれは、祥市から恵美子への過去からのラブレターに他ならないのではないか、と。
「たろさん……たろさん……」
そう言った恵美子の声は震えていた。
「もう……こんな大事な契約……私に相談もしないで……」
言葉とは裏腹に、その声色に責めるような色は一切無い。
……ぽたり、ぽたりと床に涙が落ちる。
「本当に……仕方の無い人なんだから……」
そう言った恵美子の声は過去を懐かしむかのように優しく。
……ただただ慈愛に満ち溢れていた。




