第10話
「はぁ……? 本気でそう言っているんですか……?」
そう言った匠の声には怒気が混ざっている。
祥市の口座を凍結してから約1か月後。
恵美子から公共料金の請求書が届いたとの連絡を受け、匠は手続きを預かろうと家まで訪問していた。
その際恵美子から告げられた話を聞いて、匠は怒りを抑えきれなくなっていた。
「えぇ……『お義母さんはもう1人なんだからそんなに必要ないでしょう』……と」
恵美子と息子が相続の相談をしている時、家に居た息子の嫁が口を出してきたらしい。
曰く恵美子はもう1人だし、年金もあるのだから老後贅沢しなければそんなにお金はいらないだろう、と。
比べて私達は先も長いし、子供……恵美子から見たら孫もいるので、多くもらうのは当然だ、と。
各金融機関の残高を集めた祥市の相続財産は約1,000万円。
法定相続分であれば恵美子と息子で500万円ずつであるが、それよりも多くもらう権利があると息子の嫁は主張しているようだ。
「それで……息子さんはなんて……?」
「……あの子は昔から気が小さいから……」
そう言った恵美子の言葉で匠は察する。
息子の家庭は嫁が強く、息子自体は意見できないのだろう。
匠は再度怒りを覚える。
実の母親をかばわない息子に対しても、何もできない自分に対しても。
遺産分割協議において『亡くなった人の介護をしてきたのだからその分多く相続したい』という主張はままあるし、実際そうなるケースはある。
だがまさか介護をしていた人が相続分を減らされるなんていう話は、少なくとも匠は聞いたことが無い。
「それで……どうするんですか……?」
匠は努めて冷静にそう尋ねる。
「そうねぇ……本当は困るけど……とはいえ生活費も心許ないですし……」
恵美子は現在自分の口座から生活費を賄っているが、そこまで余裕があるわけではないので遺産分割協議が長引くのはそれはそれで困るのだ。
「確かに1人になったから……こんなに広い家は必要ないし……一人暮らし用の安いアパートにでも引っ越せばなんとかなると思うわ……」
そう言った恵美子の言葉を聞き、本当にそれで良いのだろうか、と匠は思う。
恵美子は本当は祥市との思い出が詰まったこのマンションに住み続けたいのではないか、とそう思うのだ。
だが匠には遺産分割協議に口を出す権利は無い。
腹の底から感じるその怒りに対して、できることは何も無い。
匠にできるのは、精々協議が少しでも恵美子に有利に終わるように、祈ることくらいだ。
――――
後日提出された遺産分割協議書に基づき、恵美子の口座に相続財産が入金された。
相続には『最低遺留分』という法律上最低限保障されている金額がある。
遺言よりも優先され、仮に相続金額がこの最低遺留分を下回る金額だった場合、請求すればこの最低遺留分までは取り戻せる。
その割合は今回のケースの場合、現在配偶者である妻は相続財産の4分の1。
恵美子の口座に入金された250万円は、きっちり最低遺留分と同額であった。




