第9話
偶数月の15日。
毎回この日の深森信用金庫の店舗は修羅場と化す。
何故なら偶数月の15日は年金受給日だからだ。
入金された年金を引き出そうと窓口にもATMにも長蛇の列ができる。
また深森信用金庫では、当金庫にて年金を受給しているお客様に毎回年金担当が考えたプレゼントを渡している。
ちょっとしたお菓子だったりハンドタオルだったりお花だったりといった感じだが、それでも毎回楽しみにしているお客様は多く、その受取窓口にも人が殺到する。
そんなちょっとした地獄と化した店舗の2階。
営業室の中で匠は自分のデスクに座っていた。
手に持った紙には『年金未入金一覧』と書かれている。
そこには前回は年金の入金があったにもかかわらず、今回入金が無かったお客様の名前が記載されている。
その事実から考えられるのは、お客様が年金受給口座を他行に移したか……。
もしくは……。
匠は大きな黒い鞄を肩に担ぐと、もう一度未入金一覧に記載されている『本多 祥市』という文字を一瞥し、『行ってきます』と口にしながら営業室から出て行った。
――――
「そうでしたか……ご愁傷様です……」
「突然のことでまだあまり実感は無いんですけどね……」
そう言った恵美子は力なく笑う。
死亡届が出されると年金は自動で止まる。
未入金一覧に名前がある先には必ず理由を確認しに行くのだが、その時にお客様が死亡したことを知るパターンは非常に多い。
その為、匠は恵美子に医療保険の切り替え手続きをした日から約2週間後に急遽亡くなったということには驚いたものの、祥市が亡くなったこと自体には驚かなかった。
「たろさんのお世話をするのが私の生きる活力だったから……なんとなく……張り合いが無くなっちゃいました……」
そう小さく呟いた恵美子に対し、匠は心を鬼にし伝えるべきことを伝える。
「本多さん……大変申し訳ないのですが……ご主人の口座は一度止めさせていただきます」
金融機関としてお客様の死亡を知った際は、動かせないように速やかに口座を凍結させなくてはならない。
今後の相続でトラブルにならないように、遺族が勝手に引き出したりできないようにするためだ。
凍結の話を告げる際、匠はいつも緊張感を覚える。
『主人の口座からおろせないと生活費はどうすればいいんだ』といった文句を言われることが多いからだ。
だが恵美子は知っていたのか、一つ頷くと『分かりました』とだけ言った。
幸い恵美子の口座には数か月くらいなら生活できるだけの残高はある。
遺言は無かったようなので、この後は法定相続人で話し合う遺産分割協議になるが、法定相続人は恵美子と息子1人だけのようなので揉めることは無いだろう、と匠は思う。
法定相続分の通りならそれぞれ2分の1ずつ受け取って終了だ。
匠は少し安堵し、できる限りのサポートをしようと心に誓う。
「公共料金等の引き落とし口座の変更は本日承ります。ただ口座変更が完了するのに2か月ほどかかりますので、その間は口座引き落としができなかったと請求書が家に届くと思います。届きましたらすぐに私を呼んでください、手続きに伺いますので」
匠が安心させるようにできる限り優しい声でそう言うと。
「朝倉さんにはいつも良くしていただいて……助かります……」
そう言いながら恵美子は少しだけ微笑み頭を下げた。




