人生は人生だ
ラインハルトは日を追うごとに面白くなってきている。もしかしたら彼はヤンデレタイプの人なのかもしれない。物語のためにゲイなのかもしれない。待てよ…まなかは女性だ。ということは、彼はストレートだ。
「もし私が、この世界はいずれ小説や漫画、アニメ、あるいはゲームになるかもしれないと言ったらどうする? 今は出来の悪い物語に思えるかもしれない。だが、磨けばきっと面白い作品になる」
ラインハルトの言葉は、ますますピーターを混乱させた。
何を言っている?何を伝えたい?突然現れたかと思えば、今度は道徳そのものを問い始める。
「教えてくれ、ピーター・クラウチ。仮に君の人生が、一つの物語に過ぎないとしよう。読者がその物語を読む理由を教えてくれ」
ピーターは鋭く睨み返した。
「何を言っている? 一体何を馬鹿なことを言っているんだ? お前のせいで私はあの惨事を防げなかったんだ! 全部お前のせいだ!」
怒鳴り声が夜に響く。
ラインハルトが邪魔さえしなければ、多くの命は救われていたはずだった。
しかしラインハルトは、その叫びにただ微笑むだけだった。
「美しい人間性……そして同時に、なんと醜い人間性だろう。人間は、自分がどれほど大きな過ちを犯しても、自ら責任を負おうとはしない。被害者を演じ、他人へ責任を押しつけ、罪悪感まで背負わせようとする」
その黄金の瞳は鋭く細められる。
夜風に金髪が揺れ、壊滅した街を見下ろす月だけが、何事もなかったかのように静かに輝いていた。
「こいつらが死んだのは私のせいではない。君のせいだ。私を無視して職務に集中していれば、この取るに足らない命は救われていた」
そう言って、ピーターを見て小さく笑う。
二人は真正面から向き合っていた。
やがてラインハルトは視線を夜空へ向けた。
「この月のほうが、君よりずっと面白い物語を知っている」
「月だと? 何を言いたい?」
ラインハルトは笑い声を漏らした。
「ああ、月だ。誕生して以来、地上で繰り広げられる数え切れない物語を見続けてきた。あの岩の塊は、量も質も豊富な物語を持っている。一つに飽きれば、また別の物語を語ればいい」
彼は再びピーターを見る。
「だが君は違う。物語は一つしかない。そして、その物語は特別でもない」
「私の物語が特別ではないだと? 私は魔術局の長であり、魔術史上最高峰の魔術師の一人だ! それがどれほど困難な偉業かわかっているのか!」
ピーターは冷静さを失い始めていた。人生で一度も感情を乱したことなどなかった男が、今は完全にペースを乱されている。
ラインハルトは、その様子を楽しんでいた。
彼の目的は一体何なのか。
「それが傲慢というものだ。君は人々を見殺しにし、自分がいなければ人類は生き延びられないと私に見せつけたかった。そして政府には、自分がいなければ魔術の秘密は守れず、一般人へ露見してしまうと証明したかった」
ラインハルトは、その一瞬一瞬を心から楽しんでいるようだった。
ピーターが怒りと苛立ちを募らせる理由は単純だ。ラインハルトは、彼自身が見たくない醜い本性を鏡のように映し出していた。
ラインハルトはゆっくりと歩み寄り、彼の耳元で囁く。
「君の物語にも価値はある。多くの人間を踏み台にして、その地位まで這い上がったことも知っている。だが――」
その黄金の瞳が、別の方向へ向けられた。
ピーターもつられて視線を動かす。
ランスロットが気を失った契約者を抱え、全速力で駆け抜けていた。
彼は二人の存在にはまるで気づいていない。
「小山まなか……なんと美しい」
その低い声には、欲望と、それ以上に禍々しい何かが滲んでいた。
「ピーター。もう一つ質問だ」
ピーターは彼を見た。
もう、この男の前で嘘をつける気がしない。
視線を向けられるだけで、すべてを見透かされてしまうようだった。
「……聞こう」
「もし世界に『分岐』があるとしよう。一つの時間軸では君は生き、一つでは死ぬ。君ならどちらを選ぶ?」
「何だ、その質問は。当然、生きているほうを選ぶ」
ラインハルトは静かに頷く。
「では聞こう。魔法を持たない普通の人間の物語と、魔術局長の物語。どちらが面白い?」
「言うまでもない。私の物語のほうが遥かに優れている」
「予想どおりだ」
ラインハルトは微笑んだ。
「では別の話だ。本来なら死ぬはずだった少女が、過去を改変する力を手に入れ、生き延び続ける。そして死は何度でも彼女を追い続ける。さて、どちらが面白い? 魔術局長の物語か、それとも死の運命から逃れ続ける少女の物語か」
ピーターは答えなかった。しかし、その沈黙こそが答えだった。読者は緊張感と奥深さを愛する。死との追いかけ合いに、人は惹きつけられる。
「同じことだよ、ピーター。君の物語も悪くはない。だが、この物語には到底及ばない。今この瞬間、この世界の中心であり、この物語の主人公は君ではない」
ラインハルトは声を落とし、静かに囁く。
「成長できなければ、君はいずれ脇役になり、その先では端役になる。やがて読者は君の存在すら忘れるだろう」
黄金の瞳が、まっすぐピーターの魂を見つめていた。
「わ……私は政府が存在する限り、この物語で重要な役割を担い続ける。生きている限り、私の役目は決して小さくはならない」
その答えを聞き、ラインハルトは愉快そうに笑った。
「ふふふっ……はははは! いい答えだ」
そして、不意に問いを投げかける。
「では、もし政府が崩壊したら?」
予想もしなかった問いに、ピーターは言葉を失う。
「教えてくれ。君の目的は何だ? 政府という存在に寄りかかって主役でいようとするなら、それを失った君には何が残る?」
ラインハルトはゆっくりと笑みを深める。
「目的も、誰かとの繋がりも持たない主人公。その典型が――小山まなかだ。まさに理想的なヒロイン。魔術の才能もない少女が、五つ星のバランス型ミュトスを召喚し、あらゆる死線を奇跡的に生き延びてきた」
彼は肩をすくめた。
「ご都合主義と言えばそれまでだ。だが、それでもなお――最高に胸が躍る物語じゃないか」
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