あなたの忠誠心はどこにあるのですか?
いつものように、私は世界一の怠け者です。みんな大好き!
戦いが始まる、その少し前――蓮とランスロットが激突する以前のこと。
あたりは静寂に包まれていた。月はゆっくりと沈み、時刻はすでに深夜を回っている。間もなく朝日が昇り、この日の本をその光で照らすだろう。
一人の大柄な男が、高層ビルの屋上に立ち、高みから街並みを見下ろしていた。肩幅の広い白人男性。黒く短く刈り込まれたバズカットに、手入れの行き届いた口ひげ。そして赤を基調とした制服を身にまとっている。政府魔術局の責任者――ピーター・クラウチ、その人だった。
彼はただ、黙ってそこに立っているだけだった。
「……なぜここにいる?」
低く響く声で問いかける。
振り返ることはない。
「おお、さすがだね。その感覚の鋭さには驚かされるよ」
いつの間にか、もう一人の人物が背後に立っていた。
ピーターはようやく後ろへ視線を向ける。
「冬夜と一緒にいるべきじゃないのか?」
振り返った先には、一人の若い少年が立っていた。十代ほどの年齢にしか見えない。しかし、その身から放たれる莫大なマナは、彼が間違いなくミュトスであることを物語っている。現代風の洒落た服装を身にまとい、日本人離れした整った容姿。短い金髪は朝日を待つ空の下でも鮮やかだった。
「うーん……そうか。前に会った時は長髪だったな」
黄金のミュトスは小さく笑う。
「愚問だな。私は流行を楽しんでいるだけだ。王たる者が、凡人より時代遅れでどうする?」
その声には、誇りと傲慢さが満ちていた。
冬夜のミュトス――ラインハルト。
まさか彼が、今こうしてピーターの目の前に立っているとは。
その瞬間、空気が震えた。遠方で二つの巨大なマナが激突しようとしているのを、ピーターは感じ取る。
「ミュトス同士の戦いが始まる……!」
彼は周囲へ結界を張ろうとマナを練り始めた。二体を結界内へ閉じ込めれば、どれだけ激しく戦おうと被害は最小限に抑えられる。彼ほどのマナ量があれば、結界が壊されても何度でも張り直せる。
「つまらんな。本当に面白みのない男だ、ピーター・クラウチ」
その一言で、ピーターの詠唱が止まる。
なぜこのミュトスが自分の名前を知っている?そもそも、何のためにここへ来た?
彼はラインハルトを鋭く睨みつけた。
「何だと? 冬夜のミュトス」
ラインハルトはため息をつく。
「君は退屈な男だと言ったんだ。今の呼び方が何よりの証拠だよ。『冬夜のミュトス』――つまり君は、私自身に興味がない。名前すら知ろうとしない」
彼は肩をすくめる。
「教えてくれ、ピーター。君は核爆弾のことを『アインシュタインの兵器』と呼ぶのか?」
どうしてそこでアインシュタインの話になる?……それより、私は一刻も早く結界を張るべきだ。
ピーターは胸中でそう思った。
「私の名はラインハルト。英雄の中の英雄。そして――最強のミュトスだ」
彼は揺るぎない自信とともに名乗りを上げた。
「目的は何だ? なぜ私を止める?」
ラインハルトは前髪をかき上げる。
すると空中に鏡が現れた。
「日本の理容師の腕前は見事だ。素直に称賛したい。髪をいい具合に切ってくれた。この現代の服装にもよく似合っている」
確かにその通りだった。
黄金の瞳だけを除けば、日本に住む外国人と言われても違和感はない。流行の服装に、洗練された髪型。どこから見ても現代人だった。
「まだ理由を聞いていない。私を止めたのは、冬夜の命令か?」
その瞬間、ラインハルトは腹を抱えて笑い出した。
「あはははは!」
額に手を当て、なおも笑い続ける。
「私が誰かの命令に従うとでも? 私こそが命令そのものだ。君は退屈な男だと思っていたが、その思い込みだけは楽しませてもらったよ」
彼はわざと神経を逆なでしている。それでもピーターには、このミュトスの真意がまったく理解できなかった。
その時――轟音とともに暴風が吹き荒れ、一つの竜巻が住宅街を飲み込んだ。家々を引き裂き、街を蹂躙していく。
ピーターは目を見開いた。
しまった。この傲慢な男に時間を奪われ、自分は職務を放棄してしまった。その結果、多くの命が失われ、街は壊滅的な被害を受けている。
「貴様――!」
怒りに任せて叫ぼうとした、その時。
ラインハルトは不敵な笑みを浮かべた。
「来い、ピーター。人間という種族が持つ『歓び』というものを味わわせてやる。今日はその意味を知る日だ」
そう言うと、彼は片手だけでピーターの巨体を軽々と持ち上げ、そのままビルから飛び降りた。
あまりにも一瞬の出来事で、ピーターは反応することすらできない。
二人は、つい先ほど破壊が通り過ぎた現場へと静かに着地した。
「苦さと甘さ、その両方を見届けるといい。矛盾しているようで、それこそが今日の人間という存在だ」
ピーターには歓びなど一つも見えなかった。瓦礫。引き裂かれた家々。道路に散乱する遺体。これのどこが歓びだというのか。
「これを歓びと言うのか!? 狂っているぞ、お前は! 人が死んでいるんだぞ!」
ラインハルトはわずかに眉を上げた。
「では聞こう、ピーター・クラウチ。君には何が防げた? 君の忠誠はどこへ向いている? 守っているのは民か、それとも政府魔術局長という地位と権力か?」
「挑発するな! 証拠もないのに私を非難する気か! 私はお前たちのような脅威から人類を守る人間だ!」
「ふふふっ……それは傑作だ。今日一番笑わせてもらったよ」
ラインハルトは愉快そうに笑う。
「人類を守る? 誰からだ? 君たちの本当の仕事は魔術の存在を隠し続けることだろう。今日の惨劇も、どうせ『自然災害』と発表するか、別の誰かに責任を押しつけるだけだ」
彼は真っ直ぐピーターを見据えた。
「人々には真実を知る権利がある。この惨劇がなぜ起き、どうして起きたのか――その真実を知る権利があるとは思わないか?」
ピーターは怒りに歯を食いしばった。
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