信頼
すべては信頼と政治の問題だ。論理と感情の間で選択を迫られたら、一体どうなっていただろうか。あなたならどうするだろうか?
私は冬夜也さんの家へ戻ってきた。今、私の前には冬夜也さんと私のミュトスであるランスロットが立っている。
二人とも私をじっと睨んでいた。その視線には失望が込められており、冬夜也さんの目にはそれに加えて怒りも宿っていた。
やがて冬夜也さんが、怒気を含んだ声で沈黙を破る。
「話せ……どこへ行っていた?」
怒りを必死に抑えているせいか、歯を強く食いしばる音が聞こえた。
「アロに会いに行ってた」
その一言で、何かが彼の中ではじけた。
「お前……あいつの家へ行ったのか!? ふざけるな!!」
冬夜也さんは勢いよくテーブルを叩きつけた。
その衝撃でガラスの天板は粉々に砕け散る。それなのに、彼の手には傷一つ付いていなかった。
「修理」
彼は聞き慣れない言葉を小さく呟く。
すると、砕け散っていたガラスの破片がひとりでに集まり、元通りの一枚へと戻っていった。
……修復魔術?物まで元に戻せるなんて。もし宝石まで修復できるなら、とんでもない魔術だ。
冬夜也さんは再び私へ冷たい視線を向ける。
「誰がお前に行けと言った? この戦争が終わるまで、あの情けない彼氏とは縁を切れと言ったはずだ! しかも、この戦争がいつ終わるかなんて誰にも分からない! 終わりの見えない戦争なんだぞ! お前は全部台無しにした!」
怒りを隠そうともせず、彼は私を怒鳴りつける。
その言葉にランスロットも静かに頷いた。
「我らの同盟者の言葉には概ね同意しかねますが、この件に関しては正しい判断です、お嬢様。あなたの行動は、恋人殿の命を危険にさらしかねませんでした。もし他の魔術師やミュトスに見られていたら、どうなっていたと思われますか?」
私は首を横に振った。
本当はアロとの会話も、彼が魔術師であることも隠しておきたかった。だけど、冬夜也さんは私の戦友だ。このことだけは伝えなければならない。アロは敵ではないのだから。
「誰かに見られていても……アロなら大丈夫」
その言葉に二人とも眉をひそめた。
「……どういうことです、お嬢様?」
「どういう意味だ、コヤマ君? どうして無事だと言い切れる?」
二人は同時に問いかけてくる。
私は息を吸い、静かに告げた。
「アロは……魔術師だから」
その瞬間、部屋の空気が止まった。二人とも完全に動きを止める。まるで時間そのものが凍りついたようだった。最初に我へ返ったのは冬夜也さんだった。
「……何を言ってるんだ!? あの情けない彼氏が魔術師だと!? 自分が何をしたのか分かっているのか! 敵地へ自分から乗り込んだも同然じゃないか!」
彼は再び怒鳴る。
眉間には青筋が浮かび、漫画のように額には怒りの筋まで浮き出ている……漫画みたいな表情って、本当にあるんだ。
「お嬢様、お答えください。恋人殿もプレイヤーなのですか? もしそうなら、あなたは彼のミュトスとも対面したことになります。本日の行動はあまりにも無謀でした。敵地へ赴き、その場にはミュトスまでいたのでしょう? ご無事だったこと自体が奇跡です」
誠実な騎士であるランスロットの言葉が胸に刺さる。
今日、一番申し訳なく思っている相手は彼だった。私は彼の忠告を裏切ってしまったのだから。
「アロは名門の魔術師一族の出身なの」
さらに爆弾を投下する。
冬夜也さんの表情から怒りが消え、代わりに真剣な眼差しが浮かんだ。
「名門だと? 家名は?」
「春原」
その名前を聞いた瞬間、彼の目がわずかに見開かれる。しかし、すぐに冷静さを取り戻した。
口元には薄い笑みが浮かんでいる。
「なるほど……傷ついた獅子が王座を取り戻そうとしているわけか」
その声は冷え切っていた。
ランスロットでさえ、冬夜也さんの急な変化に戸惑っているようだった。
「どういう意味ですか、冬夜也さん?」
「春原家は非常に古い魔術師の名門だ。魔術社会の礎を築いた始祖の一族とも言われている。だが、血統を守ることに執着しすぎた結果、近親婚を繰り返した。そのせいで一族は衰退し、生まれてくる子供たちは平均的な魔術師よりも魔力量が少なくなったと聞いている」
私は黙っていた。
アロが話してくれた。近親婚を繰り返した結果、生まれつき病弱で、多くの病を抱えるようになったと。
冬夜也さんは突然笑い出した。
「はははっ! 信じられないな! 情けない彼氏だと思っていたが、まさか近親婚の成れの果てとは!」
笑い終えた後も、彼の口元には笑みが残っていた。
「いい加減になさい、冬夜也殿。これ以上、お嬢様の恋人を侮辱することは、この私が許しません」
ランスロットが一歩前へ出る。
「悪い悪い。だが笑えるじゃないか。あれほど栄えた名門が、今ではまともにミュトスへ魔力すら供給できないかもしれないほど非力な後継者しか残っていないなんてな」
……何なの、この人。
アロは、あなたなんかよりずっと立派な人なのに。
今すぐ冬夜也さんを殴ってしまいたい衝動に駆られる。
「アロは敵じゃない」
彼は私を見つめた。
「どうしてそう言い切れる? 春原家は秘密の術に執着し、宇宙ほどの自尊心を抱えていた一族だ。そんな落ちぶれた虫けらの言葉など、私は信用しない」
私の中にも怒りが込み上げる。
「敵じゃない。アロは教えてくれたの。夜にしか活動しないマナ型ミュトスがいるって」
その言葉にランスロットの目が鋭く輝いた。
「それなら何を迷う必要があるのでしょう。今宵討って出て、その敵をこの剣の一振りで討ち果たしましょう」
やっぱり。ランスロットは騎士だ。どれほど自分を責め続けていても、挑戦から逃げることだけは決してしない。
だが――
「却下だ」
「えっ!?」
私は驚いて冬夜也さんを見る。
彼は私の提案を真っ向から否定した。
「君の彼氏の情報など信用しない。それ自体が俺を誘い出すための罠かもしれない。奴らの狙いは俺の命という可能性もある。だから今夜は屋敷を出ない。……君もここで大人しくしていろ」
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