新聞
魔法の世界へようこそ!ここは想像力の世界!ウィリー・ウォンカの言う通り、チョコレートは魔法の力を持っている。
「小山さん、身支度を整えてください」
「えっ?」
私は呆然とした。
冬夜さんが差し出してきたのはキャンディだった。
しかも、あの歯磨き粉味のキャンディである。
「ここで歯を磨けってことですか?」
「そうだ」
「何を言ってるんですか? 水はどこから出てくるんです?」
「全部俺に任せろ」
冬夜さんは自信満々に言った。
そして手をパンと叩く。
するとマグカップに入った水が現れた。
いや――現れたというより。
歩いてきた。
本当に歩いてきたのだ。
マグカップに足が生えている。
私は目を擦った。
夢でも見ているのだろうか。
それとも本当にあのマグカップには足が生えているのか?
「噛め」
私はキャンディを口に入れて噛み始めた。
すぐに泡ができる。
なかなか便利な方法だ。
味も嫌いではない。
だが――
「歯ブラシは?」
「まあ、変換魔法があってな。よし……ティキ・タカ!」
その言葉と同時に、ソファの上にあったクッションが歯ブラシへと変化した。
私はそれを拾い上げる。
「どうやっ……?」
泡で口がいっぱいだったため、言葉が上手く出なかった。
「マジシャンは種明かしをしないものさ」
冬夜さんはにやりと笑った。
私は歯を磨き始める。
そして困った。
どこでうがいをして吐き出せばいいのだろう。
「その玄関のマットに吐き出していいぞ」
冬夜さんは入口に敷かれたえんじ色のマットを指差した。
「本気ですか?」
「ああ。気にせずやれ。床を汚す心配もない。別の魔法が見られるぞ」
理解できない。
私は客だ。
普通なら家の中に唾を吐くなんて嫌がられるはずだ。
だが、この家の主人はマットに吐けと言っている。
魔術師の考えは本当に分からない。
私は水で口をゆすぎ、吐き出した。
しかし――マットは乾いたままだった。
濡れた跡すらない。
まるで最初から何も吐いていないかのようだ。
「ほらな?」
冬夜さんは得意げに言った。
本当に不思議な人だ。
私は彼のことが理解できない。
なぜここまで親切にしてくれるのだろう。
一昨日まではライバルだの敵だのと言っていたのに。
昨日は同盟を結び、魔術師として私を助けると言った。
そして今日は私のために自分のミュトスと口論までしていた。
「冬夜様! 新聞です!」
突然、エルフが息を切らせながら部屋へ飛び込んできた。
パーセリーだ。
彼は新聞を冬夜さんへ手渡すと、すぐに部屋を出ていった。
私は冬夜さんの持つ新聞を覗き込む。
「……真っ白」
思わず呟いた。
本当に何も書かれていない。
しかも普通の新聞よりずっと小さい。
A4サイズ程度しかない。
「新聞とは何でしょうか?」
ランスロットが尋ねた。
そういえば彼もここにいた。
私は説明することにした。
召喚者として、こういう知識くらいは教えてあげるべきだろう。
「新聞というのはニュースが載っている紙です。これから起こることや今起きていること、過去の出来事なんかが書かれています。世界の情報を知るための大切なものですね」
「なるほど。告知のようなものですか」
ランスロットは感心したように頷く。
「現実世界は随分発展したのですね。ですが疑問があります。なぜその新聞は真っ白なのです? しかもそんな小さな紙で世界中の情報を伝えられるのですか?」
「それは……私にも分かりません。普通の新聞はもっと大きいですし、情報もたくさん載っています。今はテレビやスマホでニュースを見る人の方が多いですし」
「なるほど」
それでもランスロットは納得しきれていない顔だった。
冬夜さんはそんな私たちを見ながら黙って立っている。
もしかして高位の魔術師にしか見えない新聞なのだろうか。
だから私には白紙にしか見えないのかもしれない。
「話は終わったか?」
冬夜さんが聞いてきた。
「え?」
「静かになるのを待ってたんだ」
「はぁ!?」
彼は呆れたようにため息をついた。
「これは『ドン・バロン』誌が発行している魔術側の新聞だ。普通の新聞とは違う。まあ、魔術的なものを体験するにはちょうどいいだろ」
なるほど。
魔法だ。
魔法の新聞。
……いや、本当にそのままだった。
私は内心で自分にツッコミを入れる。
今さら普通の新聞なわけがない。
本物の魔術師と関わっているのだから。
「よく見てろ」
冬夜さんは新聞を広げ、私たちにも見えるようにした。
「レヴェロ」
その瞬間。
紙が真っ黒に染まった。
黒い液体のようなものが紙面の上で踊り始める。
インクだ。
まるで生きているみたいに動いている。
そして形を変えながら、一人の女性の絵を作り上げた。
しかも――動いている。
「皆さんおはようございます! 司会のミア・カリファです! 本日も魔術界のホットな話題をお届けします!」
声が聞こえた。
絵が喋っている。
インクで描かれた人物が本当に喋っているのだ。
凄い。
「ちゃんと聞けよ。一回しか流れないからな。静かにしろ」
冬夜さんに言われ、私とランスロットは素直に頷いた。
まるで子供になった気分だった。
ランスロットも少し似た気持ちなのかもしれない。
「事態はさらに深刻化しています。三鷹市で発生したミュトス同士の戦闘により学校が崩壊した事件は、魔術世界の存在を一般市民へ露呈させかねない重大事故となりました」
インクの絵が変化する。
ミアの姿は消え、今度は私の学校の映像が映し出された。
「日本政府による大失態です。しかしながら、現在のところ政府は魔術世界の露見を防ぐことに成功した模様です。犠牲者数は依然として公表されていません。それでは政府関係者のコメントを見てみましょう」
映像が再び切り替わる。
今度は高齢の女性が映った。
名前も表示されている。
――高市早苗、大統領。
「お子様を亡くされたご家族の皆様に、心よりお詫び申し上げます。政府は学校の修復を行い、犠牲者一名につき二十万円の補償金を支給することを決定いたしました」
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