ゴブリンの肉
私たちは魔法使いの文化に深く入り込んでいます。魔法的な側面をさらに探求していきたいと思っています。
足場となる階段はどこにもなかった。
命綱でもあるかのように扉へしがみつきながら、私は下を見下ろす。
高い。
この高さなら落ちても死にはしないだろうけど、骨の何本かは確実に逝ってしまいそうだった。
「ど、どうやって降りればいいの……?」
考えるまでもなく馬鹿な質問だった。
高所恐怖症にも似た恐怖が胸を締めつける。
冷静さなんてとっくに失っていた。
こんな状況で何をすればいいのか分からない。
「小山くん?」
下から声が聞こえた。
私は恐る恐る見下ろす。
そこには冬夜さんがいた。
その姿を見た瞬間、希望の光が差した気がした。
「冬夜さん、助けて!」
私は必死に助けを求める。
「そのまま降りればいい」
「へ……?」
意味が分からなかった。
降りる?
どこから?
まさか自殺でもしろって言ってるの?
私たち、同盟を組んだんじゃなかったっけ?
なのに、どうしてそんなことを言うの?
私の考えを読んだかのように、冬夜さんは呆れた顔で肩をすくめた。
「俺の言葉を信じろ、小山くん。何も起きない。君は魔術世界の新人なんだから、言われた通りにしてみろ。降りるんだ」
彼は私の行動を待っていた。
この高さから落ちる私を見届けようとしているようにも思える。
「そんなに私のこと嫌いなんですか……?」
思わず聞いてしまう。
冬夜さんの目が見開かれた。
「き、君は本当に馬鹿だな! 死んでほしかったら昨日の時点で放っておいてサンティーノに始末させてる! いいから頭を使って俺の言う通りにしろ!」
それは確かにその通りだった。
冬夜さんを助けていなければ、今ごろ死んでいたのは私だ。
彼が生き延びたからこそ、私の生存率も上がった。
だから――信じるしかない。
それとも、また繰り返すのだろうか。
私は深呼吸をして覚悟を決める。
扉を握っていた手の力を少しずつ緩めた。
そして完全に手を離した瞬間――私は目を閉じる。
落下の衝撃を待つ。
床に叩きつけられる感覚を待つ。
だけど――いつまで経っても来なかった。
私はゆっくりと目を開ける。
「あ……」
足元を見る。
私は階段の上に立っていた。
正確には二枚のタイルだ。
私の足を支えるように、空中に浮いている。
「すごい……!」
思わず呟く。
信じられない光景だった。
小さなタイルが空中に浮かび、私の体重を支えている。
私は一歩ずつ下へ降りていく。
足を出すたびにタイルは消え、新しいタイルが足元に現れる。
まるで本物の階段みたいだった。
地面に足が着いた瞬間、最後のタイルも消滅した。
「どうだった?」
冬夜さんは得意げな笑みを浮かべている。
「そのタイル、一枚二百ドルくらいするんだ。フランス製の飛行階段ブロックだぞ」
「えっ……魔法じゃないんですか?」
私の言葉に冬夜さんは信じられないものを見るような顔をした。
「冗談だろ!? 君の家系、本当に魔術師として終わってるな。父親は新米魔術師だったのか? それなら魔術文化に疎いのも納得だけど」
養父の話題が出る。
私はその話をしたくなかった。
私は宏樹の本当の娘じゃない。
彼のことも、魔術社会のことも何も知らない。
「たぶん……」
私は無理やり笑顔を作る。
「その話は置いておこう。ついて来い」
彼は手で合図した。
私は後を追う。
案内されたのは一つの部屋だった。
「着いたぞ」
部屋は美しく整えられていた。
落ち着いた色合いの壁。
磨き上げられた家具。
壁には絵画や骨董品が飾られている。
まるで西洋の中世貴族の屋敷みたいだ。
食卓は黒木で作られていて、蝋燭や銀皿、グラスが並べられていた。
すでに一人、席についている人物がいる。
私のミュトスである老人だ。
冬夜さんが椅子を引いてくれる。
「座れ」
外国で言うところの騎士道というやつだろうか。
私は椅子に腰掛けた。
冬夜さんは向かい側に座る。
私と老人は隣同士だった。
冬夜さんが指を鳴らす。
「パーセリー、料理を!」
「はい、ご主人様!」
パーセリーと呼ばれるエルフが大きなトレーを持って入ってきた。
……いや、持っているというより浮いていた。
彼の背丈ではテーブルに届かない。
トレーは空中に浮かびながら滑るように移動し、料理が自動的に皿へ盛り付けられる。
空のグラスには水が注がれ、別のグラスには別の飲み物が満たされた。
「同盟の名のもとに昼食にしよう」
冬夜さんが先に食べるよう促す。
私は皿へ目を向けた。
その料理は異様だった。
日本人ならまず見たことがないだろう。
食べ物と呼ぶには奇妙すぎる見た目だ。
「これ……何ですか?」
私は尋ねる。
見た目はロースト肉に近い。
だけど普通の焼き色ではなく、表面は緑色で塩が振られていた。
「ゴブリン肉だ」
「ゴ、ゴブリン肉ぅっ!?」
目を見開く。
「ゴブリンって、あの緑色の小さいモンスターのことですか!?」
冬夜さんは平然とうなずいた。
正気なのは私だけなんじゃないだろうか。
冬夜さんも老人も、ナイフで肉を切り分け、フォークで普通に食べている。
私は吐き気を覚えた。
無理だ。
生き物だったものを食べるなんて。
「嫌そうな顔をするな。食べてみろ。魔術世界じゃ七面鳥みたいなものだ」
冬夜さんは勧めてくる。
私は皿を見下ろした。
この章をお読みいただき、ありがとうございました!SodaKun Out ☆!




