予想外の展開
さて、司祭は魔法使いを狩り出すのに苦労しているようだ。
「失礼しました。私の勘違いでしたね。カインは最初の罪人ではなく、最初の殺人者でした。最初の罪人は、エデンの果実を口にしたイヴでしたね」
神父はそう言うと、話を続けた。
「私のミュトスについてですか? 神だとおっしゃいましたね。なんと馬鹿げた話でしょう」
サンティーノは鼻で笑う。
「この悪魔は私の支配下にあります。私の命令に従い、私の望むままに動く存在です。人間ごときに操られる神など、どうして神と呼べるのです?」
「何が目的なんだ!?」
冬夜さんが叫んだ。
「神父がサモナーだなんてあり得ない! それはお前たち教会の理念に反する行為だろう!」
恐怖を押し殺そうとしているのは分かる。だが、その背中は震えていた。それだけ目の前の神父が危険な存在なのだ。そもそも教会の神父とは、メイジハンターなのだから。
「私がミュトスを召喚することが神への冒涜だと?」
神父の笑みが消えた。
その瞳には底知れない憎悪が宿っている。
会ったこともないはずなのに、私たちへ向ける憎しみと怒りは果てしなかった。
「行きなさい、カイン!!」
神父が命じる。
「二人とも下がっていろ!」
老人は前へ飛び出した。迎え撃つために。速い。
走った姿すら見えなかった。
まるで瞬間移動したかのように消えたかと思うと、次の瞬間には剣がカインの首を斬りつけていた。しかし――刃は一寸たりとも食い込まなかった。
「――っ!」
翠黒色の剣。あの三鷹市を崩壊寸前まで追い込んだ剣が、怪物の首に傷一つ付けられない。
「これが……神の力……?」
私は思わず呟いた。
神話に語られる神々は、美しく輝き、人類を導く存在だ。けれど――目の前にいるのはそんなものではない。
「レベルが違う! 逃げるぞ!」
冬夜さんが叫ぶ。
その瞬間、カインが腕を振り上げた。轟音。周囲の家屋が吹き飛び、何かが砕け散る音が響いた。
「結界が破壊された……!」
政府側が異変を察知し、被害を抑えるために張った結界魔術。それが、たった一動作で破壊された。
老人は驚愕した表情で立っていた。額から血が流れている。先ほどまで数々の強敵と戦っても一滴の血すら流さなかった男が、今は負傷している。
腕を振る。ただそれだけの行為だ。その程度の動作でこれほどの力を持つなら、全力を解放したらどうなるのだろう。想像するだけで恐ろしい。
「ここから離れるぞ!!」
冬夜さんが私の手を掴む。
「え?」
「人形みたいに突っ立ってるな! 走れ!」
「申し訳ありませんが、獲物を逃がすつもりはありませんよ」
神父が言った。
「私は狩りが大好きなので」
まさか――私たちと戦うつもりなの?
「君のミュトスは数秒で死ぬでしょう。ですから召喚者を殺す必要すらありません」
蛇のような不気味な笑み。
「ですが神の子として、異端者に罰を与えるのは私の義務です」
「くたばれ!! ――《モール・デュ・ムーヴマン》!!」
冬夜さんが手を振る。
赤い火花が飛び出し、神父の脚へ向かって走った。魔法だ。詳しくない私でも分かる。相当なマナを消費する高位魔法だ。
「なっ!?」
「う、嘘だろ!?」
魔法が命中した。
しかし――何も起こらない。
「それだけですか?」
神父はくすくすと笑った。
冬夜さんの顔から血の気が引いていく。
「どうしてだ!? 五階位魔法だぞ!」
「異端者には少し期待していたのですがね」
神父は肩を竦める。
「冬夜家の失敗作に期待しすぎましたか」
魔法には階位がある。その反応からして、五階位というのは相当高位なのだろう。そんな魔法が効かないなんて。
魔法とは宇宙最大の神秘だ。無数の術式と効果が存在する。対抗魔法や上位魔法で打ち消されたなら理解できる。だが――教会は魔法を否定している。
なのに、なぜ効かないの?
「偽りの偶像、偽りの信仰、異端の儀式――」
神父は冷たく言った。
「神の子の髪一本すら傷付けることはできません」
金属がぶつかり合う音が響く。
私の視線は老人とカインの戦いへ向いた。
激突の余波だけで道路が破壊されていく。
老人は巨大な怪物の攻撃をかわし続けていた。
一見すると互角。だが違う。互角などではない。老人が生きていること自体が奇跡なのだ。カインの攻撃は全て必殺。一撃でも直撃すれば――終わる。
「あなたは自分の心配をするべきですよ、お嬢さん」
神父が舌を出す。
「待て! 俺も召喚者だ! ラインハルトを呼ぶ!」
冬夜さんはようやく思い出した。自分がただの観客ではないことを。この戦争のプレイヤーであることを。
「来い、ライン――!」
その言葉は最後まで続かなかった。
銃声。
一瞬だった。誰も反応できない。冬夜さんの身体が弾丸で貫かれる。血飛沫。全身に十二個の穴。地面へ倒れ伏す。死体だった。ただの死体。
「これこそ真の失敗作ですね」
神父は静かに呟いた。
「アーメン」
目を閉じる。そして祈るように手を組んだ。
「神があなたの魂を救わんことを」
再びその視線が私へ向けられる。
「これで残るは私たちだけですね」
神父は溜息をついた。
「それにしても驚きましたよ。あなたのミュトスが私の従者とここまで渡り合うとは」
彼はカインと戦う老人を見ながら言う。
「神の領域へ到達した英雄ですって?」
神父は鼻で笑った。
「馬鹿馬鹿しい。仕事一つ片付けられないではありませんか」
その瞳に浮かぶのは侮蔑。
「結局どこもかしこも嘘ばかりです。魔術師というのは、自分たちの空想に酔った子供の集まりなのでしょうね」
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