見知らぬ男
結果は誰も見たことのないものだった?! 彼は一体誰だ?!
「お前が、あの金髪のミュトスの召喚者か?」
ミュトスという言葉は、冬夜京太郎にとって聞き慣れないものだった。一度も耳にしたことがない。だが、その言葉だけで十分だった。自分の首を掴んでいる男が、英雄の中の英雄――ラインハルトについて話しているのだと理解できた。
首を強く締め上げられ、呼吸が苦しい。
小山まなかにできることは何もなかった。無力だった。助けたい。だが助けられない。魔術の腕前に関して言えば、彼女は素人以下なのだから。
「言われた通りにしろ」
男は京太郎に命令した。有無を言わせぬ口調だった。深紅の制服を身に纏った男は遊んでいるわけではない。本気だ。そして危険すぎる。口から発せられる一言一言に、殺意が込められていた。従わなければ殺す。それが伝わってくる。
「なんとも情けない光景だな。臆病者が、私の召喚者をいじめているとは」
別の声が割り込んだ。金髪の戦士の声だった。まなかはすぐに気付いた。放課後、レイと一緒にいた外国人だ。あの人がラインハルトなのだ――と。
「私の召喚者を放せ。さもなくば、真なる王の怒りを知ることになるぞ」
まなかは震えた。危険だ。誰よりも強い。普通の人間はもちろん、多くの強力な魔術師ですら、その冷たい言葉を聞けば凍り付くだろう。だが、京太郎を人質に取っている男は違った。
「坊主。魔力核に意識を集中しろ。そして体内の魔力を血管へ循環させるんだ。使え。そして奴を呼び戻せ」
男は命じた。
京太郎には考える余裕などなかった。体内の酸素は限界に近い。彼は残った魔力のすべてを集中させ――
「戻……れ……ラインハルト……!」
苦しげな呼吸の合間に、ようやく言葉を絞り出した。その瞬間。黄金の紋様が全身へ広がっていく。京太郎が一度も見たことのない現象が目の前で起きた。
「やめろ! 馬鹿者!!」
ラインハルトが怒鳴った。
「やめろ!」
黄金の粒子が舞い始める。彼の身体は粒子へと変わりながら、怒りに満ちた目で京太郎と男を睨み続けていた。
王としての屈辱。誇りが傷付けられた。しかも強敵に敗れたわけではない。臆病な召喚者の命令一つで退場させられたのだ。英雄は消えた。黄金の粒子となって姿を消した。どこへ行ったのか。
「安心しろ。お前のミュトスはお前と共にある。霊体になっただけだ。生きている」
男は京太郎を解放した。
ようやく呼吸ができる。肺が焼けるように痛い。京太郎は必死に酸素を求めた。
深紅の制服の男は、新たに現れた者たちへ視線を向けた。驚くべきことではない。彼らは現実世界の人間よりも速く、強く、優れている。伝説そのものなのだから。老人とディケロスが到着していた。
「戦いがこれ以上拡大するのを防いでくれたことに感謝する、ディケロス王。だが、できればここから立ち去っていただきたい。さもなくば――召喚者が政府によって悲惨な運命を辿ることになる」
彼の視線は騎乗した英雄へ向けられる。ディケロスの後ろには誰かが乗っていた。だが夜であることに加え、ディケロスの大柄な体格が邪魔をして顔までは見えない。
「よし! では今回は退こう! だが、征服を止めることはできんぞ!!」
雄叫びと共に馬が駆け出した。あっという間に視界から消える。見事な軍馬だった。
男はゆっくりと地面へ降り立つ。
「私の名はピーター・クラウチ。政府魔術協会部門の統括責任者だ」
深紅の制服の男は名乗った。
つい先ほどまで戦場だったこの場所に残っているのは――京太郎。まなか。そして老人だけだった。ピーターは京太郎を見た。
「貴様、それでも魔術師を名乗るのか? 恥知らずが。結界すら張っていなかったな。自分の不注意でどれだけの被害が出たか分かっているのか?」
その言葉に京太郎は衝撃を受ける。
「兄が私の師だったことに感謝しろ。もしそうでなければ――私はお前を殺していた」
兄が彼の師匠だった?京太郎には理解できなかった。ラインハルトが戦いに参加する前から、戦闘は起きていたのだから。
「何人死んだ?」
ピーターは尋ねた。
「お……俺には分かりません!」
京太郎は俯く。恥ずかしかった。自分の失敗だ。魔術師としての基本を忘れていた。
「二度言わせるな。何人だ?」
「――」
彼は呪文を唱えた。
半径百メートル以内の死者を把握する魔術だ。その直後。彼の目が大きく見開かれた。
「合計……五百六十人が今夜死亡した」
その瞳には罪悪感が宿っていた。
「私について来い。二人ともだ」
その声にまなかは背筋が凍った。
命令することに慣れた声。政府魔術部門の長。逆らえる者などいない。
「私の部下たちのおかげで、この都市は完全な崩壊を免れた。自分たちの責任を理解してもらいたいものだ」
そして彼は老人を指差した。
「あなたにも同行していただきたい。応じてもらえると助かる」
今度は丁寧な口調だった。
ピーターは理解している。異世界から召喚された戦士たちに、自分では勝てないと。そもそも彼らを異世界戦士と呼ぶのも正確ではない。彼らは元々現実世界の人間であり、異世界に転生し、そこで英雄となり、再び現実世界へ召喚された存在なのだから。老人は静かに頷いた。
「同行しよう」
彼らは歩き始めた。
「じゃあ、本当に兄貴を知っているんですか?」
少し落ち着きを取り戻した京太郎が尋ねる。
「ああ。彼は私の師だった。そして偉大な魔術師として死んだ」
ピーターは一拍置き、冷たく続けた。
「だが、お前はそうはなれない」
この章をお読みいただき、ありがとうございました!SodaKun Out ☆!




