第四十三話 モルディア旧坑
ダンジョンの入口の前には、すでに数人の冒険者の姿があった。装備を整える者、地図を確認している者、仲間と短く言葉を交わしている者。それぞれが準備を終え、順番に坑道の中へ入っていく。
カナトは入口から少し離れた場所で立ち止まり、坑道の暗がりを見ていた。
やがて背後から足音が近づく。
振り向くと、グランだった。
肩に斧を担いだまま、こちらへ歩いてくる。
「待たせたか」
「いえ」
カナトは首を振る。
グランはそのまま斧を軽く握り直した。
「今日は深くは行かねぇ。中層まで様子を見る」
「分かりました」
カナトは頷く。
この坑道には、すでに何度か潜っている。それでも、奥まではまだ行っていない。
「この坑道、何度も入ってるんですよね」
「ああ」
グランは短く答える。
「だが奥までは行ってねぇ。蜘蛛の巣が増えるあたりから、面倒だって話をよく聞く」
入口の奥に広がる暗い坑道を見ながら、カナトは小さく息を吐いた。
「前も潜ったときに思いましたけど、通路が多いですね。分岐も多い」
グランはその言葉に頷く。
「採石場跡だからな。掘り方がバラバラだ。掘り進めた跡がそのまま残ってる」
二人はそのまま入口をくぐり、坑道の中へ入った。
内部は完全な闇ではなかった。壁や天井のあちこちに、小さな光が埋まっている。ぼんやりとした淡い光が、坑道の輪郭を浮かび上がらせていた。
カナトは歩きながら、その光を見上げる。
「……やっぱりこの石ですね」
手の届く高さにある石を見ながら言う。
「蛍晶石、でしたよね」
グランも壁を見る。
「名前は聞いたことがある」
「リシアから聞きました」
カナトは歩きながら説明する。
「この石、ほんの少しだけ周囲の魔力を吸うらしいです。その魔力が弱く光るから、こうして明るくなるって」
坑道の奥まで、点々と光が続いている。
「完全な光源ってほどじゃないですけど、松明なしでも歩ける程度には明るいらしいです」
グランは軽く頷いた。
「それは便利だな」
「ええ。坑道系のダンジョンではよくあるらしいです。逆に、この石がある場所は魔物も住みつきやすいって」
説明を思い出しながら言う。
「光があると、動きやすいみたいで」
「なるほどな」
グランは短く答え、前を見たまま歩く。
通路を進んでいくと、ほどなくして洞窟ラットの群れが現れた。
三体。
グランが一歩前に出る。
「右のやつ、抜ける」
「足を崩します」
カナトは短く言う。
足元の土がわずかに沈む。
ラットの体勢が崩れる。
その瞬間、グランの斧が振り下ろされた。
一撃。
骨の砕ける音。
残りのラットも短い時間で片付いた。
グランは斧を肩に戻す。
「今のいいな」
通路の奥を見たまま言う。
「足を崩してくれると、そのまま一撃入れられる。無理に振り直さなくて済む」
カナトは少しだけ視線を逸らす。
「たまたまです。足場が崩せそうだっただけで」
「いや」
グランは首を振った。
「戦いやすい」
短い言葉だったが、評価ははっきりしていた。
カナトは小さく息を吐く。
「そう言ってもらえるなら、続けます」
二人はそのまま通路を進む。
やがて視界が開け、広い空洞に出た。
中央空洞。
ここから複数の通路が枝のように伸びている。
グランが周囲を見回す。
「ここは中心だ」
「前も見ました」
カナトは頷く。
「だいたいここを通りますよね」
「ああ」
短く答え、奥の通路へ足を向ける。
採掘跡の通路は狭かった。洞窟ムカデが壁を這っている。
グランが斧を振る。
刃が天井をかすめる。
「狭いな」
「少し引きます」
カナトが位置を調整する。
ムカデが通路へ出る。
斧が落ちる。
静かに動きが止まった。
さらに進む。
小さな空洞に出ると、岩トカゲが二体、壁際に張り付いていた。
グランが踏み込む。
斧を横に振る。
刃がトカゲの体を捉え、そのまま壁へ叩きつけた。
鈍い衝撃が通路に響く。
その直後、斧の刃が岩壁に強く当たった。
硬い音が坑道に響く。
グランの眉がわずかに寄る。
斧を引き戻し、手の中で握り直す。
「……しまった」
小さく呟く。
ほんの一瞬、動きが噛み合わなかったようだった。
少し遅れて、天井から細かい砂が落ちた。
カナトが顔を上げる。
「……上」
グランも視線を向ける。
天井の岩が、わずかにずれていた。
次の瞬間。
重い音とともに岩が崩れ落ちる。
通路が揺れた。
土煙が広がる。
二人は反射的に距離を取る。
しばらくして、音が止まった。
カナトが前を見る。
さっき通ってきた通路は、岩でほとんど埋まっていた。完全ではないが、通るにはかなり崩さなければならない。
グランが崩れた通路を見上げる。
斧の柄で岩を軽く叩く。
鈍い音が返る。
「崩せなくはないが……時間はかかるな」
少し周囲を見渡し、別の通路へ視線を向ける。
「違う道を通れば戻ることもできる」
そう言ってから、カナトを見る。
「どうする」
カナトはポーチを軽く叩く。
中にはさっきの魔石がいくつか入っているだけだった。
「……まだ少ないです」
少し間を置いて言う。
「魔石もそんなに取れてないですし、もう少し進んでみたいです」
グランはその言葉を聞いて、小さく頷いた。
「分かった」
斧を肩に戻す。
「様子見だ。無理はしねぇ」
「はい」
二人は崩落した通路から視線を外し、奥へ続く通路へ向き直る。
少し進むと、通路はゆるく曲がり、その先に新しい空洞の気配が見えた。
蛍晶石の光が、淡く広がっている。
二人は言葉を交わすこともなく、その空洞へ足を踏み入れた。




