第四十二話 《残火の灯火》
ギルドの扉を押して中へ入ると、昼を少し回った時間らしく、内部はそれなりに人が多かった。依頼掲示板の前では何人かが紙を剥がしており、奥では精算の列ができている。金属の擦れる音と人の話し声が混ざり合い、いつもの空気が広がっていた。
カウンターへ向かい、回収してきた魔石を並べる。モルディア旧坑の魔石は、ゴブリンのものよりわずかに濁りが強い。リシアはそれを一つずつ確認しながら端末に入力していった。入力の手は止まらない。淡々とした作業の音だけが、周囲のざわめきの中で静かに続いている。
やがて入力が一区切りつくと、リシアは端末から視線を上げた。こちらを見て、いつもの落ち着いた声で問いかける。
「どうでしたか」
問いは簡潔だったが、意味ははっきりしている。モルディア旧坑の状況についての確認だ。
グランが先に口を開いた。
「問題はない」
短い言葉だったが、戦闘の結果をまとめるには十分だった。
リシアはその答えを受け止め、続けて尋ねる。
「敵の強さはどうでしたか」
グランが答える。
「ゴブリンよりは強い」
それから、少し間を置いて続ける。
「だが対応はできる」
俺も言葉を挟む。
「数も極端に多いわけではありませんでした。戦い方が崩れる感じもなかったです」
リシアの視線がこちらへ向く。
「連携の感触はどうですか」
俺は少しだけ考える。
「問題なさそうです」
言葉を続ける。
「グランさんが崩したところに入れば、そのまま押し切れますし、逆に俺が止めたときはグランさんが前に出てくれるので」
グランが小さく頷いた。
「崩れない」
短く言う。
リシアは二人の言葉をまとめるように、端末へいくつか入力してから言った。
「そうですか」
その声には特別な感情は含まれていない。ただ、状況を確認して整理するための声音だった。
「攻略の見通しは」
続けて尋ねられる。
グランが答える。
「モルディアは深くないし強敵もいない。近いうちに攻略できる」
リシアは小さく頷いた。
「分かりました」
精算の手続きが進み、銅貨の入った小袋がカウンターの上に置かれる。俺はそれを受け取り、ポーチへしまった。
そのまま三人の会話は続く。
リシアが言う。
「モルディアを攻略した後の予定はありますか」
グランが少しだけ考える。
「武器屋の親父が言っていたな」
そう言ってこちらを見る。
俺も思い出す。
「南の話ですね」
グランが頷く。
「義手だ」
左肩の包帯の方をわずかに動かす。
「体の一部を補う道具を作る職人がいるらしい」
俺も言葉を続ける。
「俺の短剣も、南なら仕上げられるかもしれないって言われました」
リシアの手が少し止まった。
「南、ですか」
視線がわずかに動く。
「南のダンジョンは、王都周辺のものより難易度が高い傾向があります」
端末を閉じる。
「モンスターの強さだけではありません」
言葉を続ける。
「構造そのものが複雑なダンジョンも多く、仕掛けや地形を伴うものもあります」
少し間を置いてから付け加える。
「戦闘だけでなく、探索能力も要求されます」
注意というよりは、事実の説明だった。
俺は頷く。
「そういう場所が多いんですね」
リシアは答える。
「はい。冒険者都市がある地域ですから」
グランは特に表情を変えない。
「構わん」
短く言う。
「モルディアを攻略できたら行く」
それだけだった。
リシアは少しだけ間を置いてから次の質問をする。
「パーティとして動く予定ですか」
グランが答える。
「そのつもりだ」
俺も頷く。
「しばらくは二人で潜る予定です」
リシアはさらに聞く。
「パーティ名は決めていますか」
その言葉で、グランがこちらを見る。
「……名前はいるな」
依頼記録に残る。確かに、二人で動くなら必要になる。
俺は少し考える。すぐに思いついたわけではない。ただ、頭の奥に残っている光景がある。
灰色の通路。倒れた冒険者。動かなくなった仲間。
そのあとに残ったもの。
灰の中でも、火は完全には消えない。小さく残ることがある。
「……残火の灯火」
口に出すと、グランがこちらを見た。
「残火?」
俺は少し言葉を探す。
「全部消えたわけじゃないと思うんです」
視線を少し落とす。
「灰の中でも、火は残ることがあります」
言葉を続ける。
「灯火は……そのままです」
「小さくても、あれば進める」
グランは少し黙った。言葉の意味を確かめるように、短く息を吐く。
「……残火の灯火か」
わずかに頷く。
「それで行こう」
リシアが端末を操作する。数秒後、入力が終わった。
「パーティ《残火の灯火》、登録しました」
それで終わりだった。
カウンターの前で少しだけ沈黙が落ちる。
グランが腕を軽く動かした。まだ完全ではないが、動き自体は問題ない。
「今日はここまでだ」
短く言う。
「今日は解散だ」
「分かりました」
俺は頷いた。
グランはそのままギルドの出口へ歩いていく。背中はいつもと変わらない。だが、斧のない姿はまだ少しだけ違和感があった。
俺もカウンターから離れ、ギルドの扉へ向かう。背後では、また別の冒険者が受付に声をかけていた。
パーティ名は決まった。
残火の灯火。
小さな灯りでも、あれば進める。




