第四十一話 始動
ギルドの中は、朝から人が多かった。
掲示板の前では依頼を見上げる冒険者たちが固まり、受付の前には精算を待つ列ができている。依頼の紙を貼り替える音や、奥から聞こえる金属音が混ざり合い、建物の中はいつもの騒がしさに包まれていた。
俺は受付で昨日の魔石を精算し、袋を腰に戻す。
カウンターを離れたところで、背後から低い声がした。
「もう来てたか」
振り向くと、グランが立っていた。
肩には両手斧が乗っている。昨日まで修理に出していたはずの武器だ。刃はきれいに研ぎ直され、柄も新しく巻き直されている。
「斧、戻ったんですね」
「ああ」
短く答える。
「昨日はモルディア旧坑だったな」
「はい」
俺は頷いた。
「ゴブリンとは違いますが、対応できない相手ではなかったです」
それだけ伝えると、グランは小さく息を吐いた。
「ちょうどいい」
そう言って斧を軽く持ち直す。
「感触も見たい」
視線がこちらに向く。
「行くぞ」
それだけだった。
俺は頷き、二人でギルドを出た。
街の門へ向かう通りには、すでに人の流れができている。荷車が石畳を軋ませて進み、店の前では店主が布を広げている。市場の準備が進み、街は完全に朝の動きに入っていた。
門を抜け、少し歩くとモルディア旧坑の入口が見えてくる。
廃坑だった岩壁の口は暗く沈み、古い支柱の跡が岩肌に残っている。入口の周囲には何人かの冒険者がいて、武器の点検をしたり、仲間と短く話をしたりしていた。ゴブリンダンジョンほどではないが、やはり普段より少し人が多い。
俺たちはそのまま坑道へ入る。
中は湿っている。岩の匂いが強く、空気は少し冷たい。天井は低く、曲がった通路が奥へ続いていた。廃坑だった名残で、所々に古い木の支柱が残っている。
奥へ進んで間もなく、洞窟ラットが姿を見せる。
小型だが速い魔物だ。
グランが先に踏み込んだ。
斧が振り下ろされ、ラットの体を叩き潰す。鈍い音が坑道に響く。だが、もう一体が横から飛び出してきた。
振り終わりの隙。
そこに踏み込む。
短剣を振る。
刃は問題なく通り、魔物はそのまま崩れ落ちた。
魔石が転がる。
それを拾う前に、奥の通路から別の気配が動いた。
岩トカゲが這い出してくる。
今度は俺が先に踏み込む。
足元の土を崩し、わずかに体勢を揺らす。魔物の動きが鈍った瞬間、短剣を振る。
その背後からもう一体。
グランの斧が横から叩きつけられた。
魔物が岩壁に叩きつけられる。
戦闘はそこで終わった。
魔石を拾いながら、グランが口を開く。
「体勢を立て直さなくていいから楽だ」
俺は顔を上げた。
「楽、ですか」
「ああ」
グランは通路の奥を見たまま続ける。
「一人だと、振ったあとに間ができる」
「構え直して、距離を見て、次の一手だ」
そこで斧を軽く振る。
「だが二人だと、その間が消える」
「……確かに」
俺がそう言うと、グランは短く頷いた。
それだけ言って歩き出した。
さらに奥へ進む。
洞窟ラットが二体現れる。
グランが斧を振り下ろす。振り終わりの横からラットが跳ねる。
俺が踏み込み、短剣で処理する。
その動きの背後で、岩トカゲが壁から這い出す。
今度はグランの斧が落ちた。
魔物は一撃で潰れる。
戦闘は短い。
だが、間がない。
攻撃が途切れない。
数戦繰り返すうちに、動きは自然に噛み合っていた。どちらかが攻撃すれば、その隙をもう一人が埋める。体勢を整える時間を挟まず、次の動きへ繋がる。
魔石の袋が少しずつ重くなっていく。
通路の奥で、グランが斧を軽く振った。
振り終わりで腕を止める。
「……今日はここまでだ」
俺は顔を上げる。
グランは腕を軽く回した。
「まだ完全には戻ってない」
肩を少し動かし、感触を確かめる。
「感触は悪くないがな」
俺は頷いた。
「戻りましょう」
坑道を引き返す。
外へ出ると、昼の光が少し強くなっていた。坑道の湿った空気から出たせいか、外の風が少し暖かく感じる。
入口の近くで、グランが斧を肩に乗せ直す。
「悪くないな」
それだけ言った。
俺は小さく頷いた。




