第三十七話 結成
治療室の扉を閉めると、廊下は静かだった。
さっきまで聞こえていた声や薬品の匂いが、扉一枚で遠ざかる。足音だけが床に響き、妙に大きく感じた。
少し歩いたところで足が止まる。
さっきの会話が、頭の中でゆっくり浮かんでは消えていく。
続けます。
強くなります。
そう言ったのは自分だ。
だが、胸の奥に残っているものは消えていない。
ゴブリンの群れ。
手を伸ばした瞬間。
届かなかった距離。
セラの顔。
そして、灰狼団の装備。
拾い上げた杖の感触が、まだ指先に残っている気がした。
廊下の奥から、ギルドの喧騒が聞こえてくる。
街もギルドも、止まってはいない。
それでも、あの日の光景だけが頭の奥に残ったままだった。
俺は息を吐き、外へ出る。
朝の通りにはすでに人が動いていた。荷車が石畳を進み、店の準備をする声が聞こえる。冒険者の姿も多い。
表面だけ見れば、街はもう普段の姿に戻りつつあった。
向かった先はゴブリンダンジョンではない。氾濫の影響で出入りは制限されている。
その代わり、もう一つの★1ダンジョンへ向かった。
モルディア旧坑。
旧採掘坑の通路をそのまま使ったようなダンジョンで、岩肌がむき出しになっている。
最初に現れたコボルトの足元を、土魔法で崩す。体勢が揺れた瞬間に短剣を差し込む。
倒れる。
魔石を回収する。
次はラットが二匹。
一匹の足元を崩し、もう一匹の突進を避けて喉を裂く。
動きは、以前よりも安定していた。
崩す。
刺す。
それだけの繰り返し。
何戦か続けると、ポーチの中に魔石が溜まっていた。
十分だと思い、引き返す。
ギルドへ戻ると、昼前で中はそれなりに混んでいた。
受付へ向かう。
リシアが顔を上げた。
「お帰りなさい」
魔石を並べると、リシアは確認して端末に入力していく。
処理の途中で言った。
「ランクを更新します」
「……ランクですか」
「はい。FランクからDランクへ変更されます」
思わず聞き返す。
「一気に上げても大丈夫なんですか」
「ゴブリンロード討伐と、大氾濫時の戦闘記録を含めた総合評価です」
処理が終わる。
「更新されました」
リシアは少し間を置いた。
「提案があります」
視線がこちらに向く。
「グランとパーティを組んではどうですか」
言葉がすぐに出ない。
頭の中に浮かんだのは、別の光景だった。
ゴブリンの群れ。
叫び声。
灰狼団。
倒れた装備。
「……また失うかもしれません」
気づけば口から出ていた。
リシアは黙って聞く。
「パーティを組めば、そういう状況も増えます」
事実を言うだけの声だった。
リシアは少しだけ視線を落とし、それから静かに言った。
「それでも、一人で潜るよりは状況は安定します」
短い間を置く。
「グランは無理をするタイプではありません」
「あなたと組めば、生きて戻る判断はできるはずです」
その時だった。
「話してるのは俺のことか?」
後ろから声がした。
振り向くと、グランが立っていた。
顔色はまだ少し悪いが、普通に歩いている。
リシアが状況を説明する。
グランは腕を組み、少し考えた。
「悪くねぇ」
それからこちらを見る。
「組むか?」
俺は答える。
「お願いします。グランとなら、やれると思います」
グランは小さく笑う。
「よろしくな」
横から声が入った。
「じゃあリシアちゃんもパーティ入ればいいんじゃなぁい?」
ミレイアだった。
一瞬空気が止まる。
リシアは視線を伏せる。
「私は職員ですので登録できません」
ミレイアが肩をすくめた。
「えー、いいんじゃなぁい? 三人だと前衛ばっかだけど安定しそうなのに〜。残念」
そして言う。
「パーティ名はどうするの?」
グランと顔を見合わせる。
まだ考えていない。
リシアが言った。
「後からでも登録できます」
ミレイアが頷く。
「じゃあ保留だね〜」
少し沈黙が落ちる。
俺が言う。
「まず目標を決めたいです」
グランが考える。
「モルディア旧坑」
短く言った。
「まずはあそこを攻略する」
その時、グランが斧を見下ろす。
刃は欠けていた。
「大氾濫で武器がだいぶ削れてる」
指で刃をなぞる。
「このままじゃ使い物にならねぇな」
修理が必要だった。
「知り合いの鍛冶屋がある」
グランが言う。
「まずそこ行くぞ」
俺は答える。
「わかりました」
二人でギルドを出る。
通りには昼の光が広がっていた。
人の流れは、もう普段と変わらない。
グランが歩きながら言う。
「連携も考えないとな」
「そうですね」
二人で通りを進む。
向かう先は、武器屋だった。




