第三十八話 整備
ギルドの扉を押して外に出ると、昼の光が目に入った。
氾濫から数日。
街はもう動き出している。
市場は開き、荷車は通りを行き交い、冒険者たちもそれぞれの目的で歩いている。装備を抱えて修理屋へ向かう者、素材袋を担いでギルドへ戻る者、次の探索の準備をしている者。通りには人の流れがあり、表面だけ見れば普段の街の姿に近づいていた。
それでも、完全に元通りというわけではない。
あの日の出来事は、まだ空気の奥に残っている。
隣を歩くグランは、歩幅こそ普段よりわずかに小さいものの、足取り自体は安定していた。回復したとはいえ、体はまだ万全ではないはずだ。それでも動こうとしているのが分かる。
通りを歩きながら、グランが言った。
「斧、だいぶやられてるな」
言われて改めて見ると、刃先はところどころ欠けている。柄にも細かな傷が残っていた。氾濫の中で振り続けたのだから当然ではあるが、このまま使い続ければそのうち壊れるのは目に見えていた。
「修理、出しますか」
「出す」
グランは短く答える。
「このままだとそのうち使い物にならなくなる」
左腕はもうない。
だが、そのことを気にしている様子は見えなかった。
通りをいくつか曲がると、見覚えのある店が見えてくる。
以前、リシアに連れられて来た武器屋だった。
入口の横には折れた槍や刃こぼれした剣が立てかけられている。
店の外からでも、修理待ちの武器が多いことが分かった。
扉を押すと、金属の匂いと熱気が流れ込んでくる。
炉の奥から店主が顔を出した。
「何だ」
こちらを見る。
俺の方へ視線が止まり、少し眉を寄せた。
「……前にも来たか?」
「リシアに連れられて来ました」
そう言うと、店主は少し考えてから頷いた。
「ああ、受付の」
思い出したらしい。
「武器を見てもらえますか」
俺が言うと、店主は顎でカウンターを示した。
「置け」
その横で、グランが斧を置く。
鈍い音が店の中に響いた。
店主が斧を手に取る。
刃先を指でなぞり、柄を軽く振る。
「……氾濫か」
「そうだ」
グランが答える。
店主は一度だけ頷いた。
「刃が歪んでるな」
斧を横にして眺める。
その視線がグランの肩で止まった。
「左腕は?」
「無くなった」
短い答えだった。
店主は少しだけ黙った。
それから言う。
「南の方に、体の一部を補う道具を作る職人がいるらしい」
グランは眉をわずかに動かした。
「義手みたいなものだ」
店主は斧をもう一度見る。
「両手斧だな。このままだと扱いにくい。慣れでどうにかなるもんでもないから、柄を詰めて重心も動かす。片手寄りに調整すれば振れるようにはなる。ただ威力は落ちるがな」
グランは少しだけ考え、それから頷いた。
「それでいい」
「三日」
店主が言う。
「そのくらいかかる」
グランはそれ以上聞かなかった。
次に、店主の視線がこちらに向く。
「お前のは?」
俺は腰の短剣を抜く。
店主はそれを手に取り、刃を少し傾けて眺めた。
「……これは買い替えた方がいい」
そう言って、棚の奥から一本の短剣を取り出した。
カウンターに置く。
「試作だ。魔力伝導の素材を使ってる未完成品だが、今のよりはマシだ」
俺は短剣を見る。
装飾はほとんどない。外見は普通の冒険者用短剣と大差なかった。
店主が続ける。
「完成すれば魔力の通りがもう少し良くなるらしい。ただこれは途中段階で止まってる。俺にはそこから先は無理だ。構造が違う」
短剣を軽く指で叩く。
「南の方なら出来る奴がいるって話は聞いた」
それからグランを見て言う。
「義手といい、そっちの未完成品といい、まとめて南に行けば何かあるかもしれん。行ってみたらどうだ」
グランは特に返事をしなかった。
俺は短剣を手に取る。
「これにします」
店主は頷いた。
グランの斧は奥へ運ばれていった。
店を出ると、夕方の空気が通りに広がっていた。
人通りはまだ多い。
冒険者も、商人も、街の人間も、それぞれの場所へ向かって歩いている。
グランが言う。
「三日か」
「そうですね」
「その間、俺は潜らない」
左肩を軽く回す。
「ギルドで体を慣らす」
片腕での動きに慣れるつもりらしい。
俺は頷いた。
「俺は潜ります」
「鍛えておきたいので」
グランはそれ以上何も言わなかった。
少し歩いたところで、グランが言う。
「例の坑道」
俺は頷く。
「はい」
「まずはそこですね」
グランは前を見たまま言う。
「連携はダンジョンで作る」
通りの向こうに、夕日が落ちかけていた。
まだ何も決まっていない。
戦い方も、役割も、連携も。
それでも、二人で同じダンジョンを目指している。




