第三十五話 帰還
ダンジョンの出口から、担架がいくつも運び出されてくる。
外にはすでに人が集まっていた。ギルド職員、回復担当、事情を聞こうとする冒険者。異常報告が入った時点で呼び集められていたのだろう。
担架の列の中に、グランがいる。
左腕の包帯は厚く巻かれ、血は止まっているように見えるが、顔色は悪い。意識は戻っていない。
俺はその横を歩いていた。
何をしているのか、自分でもよく分からない。ただ、足だけが動いている。
右手には、ダンジョンで拾った杖があった。
握ったまま、離していないことに、さっき気づいた。
気づいても、手はそのままだった。
「どけ、通せ!」
騎士団員が人を押し分け、担架をギルドへ運び込む。
ざわめきが広がる。
その中で、声が荒く響いた。
「ふざけんな!」
振り向くと、ライアスだった。
蒼閃の剣士。あのパーティで、いま立っているのは彼だけだった。
「来るのが遅ぇんだよ!」
ライアスが騎士団へ詰め寄る。
「仲間が死んだんだぞ!」
怒鳴り声は、広場に響いた。
「それだけじゃねぇ。あの攻撃だ」
歯を食いしばる。
「巻き添えだろうが!」
騎士団の前に立っていた男が、わずかに視線を向ける。
レオニスだった。
表情は変わらない。
「氾濫は鎮圧された。また、このダンジョンは以前にも異常があった。そのためこのダンジョンはしばらく封鎖する。」
淡々とした声だった。
それだけ。
ライアスの顔が歪む。
「そんな話してんじゃねぇ!」
拳を握り締める。
「仲間が死んでるんだよ!」
一瞬、沈黙が落ちた。
レオニスは、短く答えた。
「運と力が足りなかっただけだ」
その言葉は、驚くほどあっさりしていた。
「戦場ではよくあることだ」
空気が凍る。
誰も言葉を出さない。
ライアスは何か言おうとしたが、言葉が続かなかった。歯を食いしばり、睨みつけるだけだった。
騎士団はそれ以上相手にしない。
担架が、次々とギルドへ運ばれていく。
俺も、その流れに押されるように中へ入った。
ギルドの治療室は慌ただしかった。
負傷者が運び込まれ、回復担当が指示を飛ばしている。
その中心に、ミレイアがいた。
「こっちに」
短い声で言い、グランの担架を指す。
いつものゆるい口調ではなかった。
グランはすぐに処置台へ移された。
包帯が解かれ、傷口が確認される。薬液の匂いが広がる。
ミレイアは黙ったまま手を動かしていた。
無駄のない動きだった。
時間がどれくらい経ったのか分からない。
やがて処置が一区切りついた。
ミレイアが、ゆっくり息を吐く。
それから、こちらを見た。
「……命は大丈夫ですよ」
静かな声だった。
「出血も止まってます」
グランは、まだ動かない。
「ただ」
少し間を置く。
「目はまだ覚ましてません」
そう言ってから、視線を外す。
「体がかなり無理してますね」
「今日はもう休みなさい」
責めるような声ではなかった。
慰める声でもない。
ただ、落ち着いた声だった。
俺は頷くことしかできなかった。
治療室を出る。
ギルドの中はまだ騒がしい。負傷者の搬送、報告、怒号、ざわめき。
それらを横目に見ながら、外へ出た。
足は自然に宿へ向かっていた。
部屋に入る。
静かだった。
扉を閉めると、急に音が消える。
ベッドに腰を下ろす。
右手には、まだ杖があった。
セラの杖。
いつの間にか、握る力が強くなっていた。
指が白くなるほど、握りしめている。
それでも、離す気にはならなかった。
目を閉じると、今日の光景が浮かんだ。
ゴブリンの群れ。
セラの顔。
手を伸ばした瞬間。
光。
それから――
重い衝撃。
グラン。
気づくと、体が横になっていた。
天井が見える。
まぶたが重い。
考えようとしても、頭が動かない。
右手には、まだ杖があった。
そのまま、握ったまま。
意識が沈んでいった。




