第三十話 包囲
狭い通路を抜けた先で、視界が開けた。
小さな広間のような空間だった。天井は少し高く、壁も通路より離れている。冒険者たちは流れ込むようにその場所へ入り込み、誰もが一瞬だけ足を止めた。先ほどまで通路の中で押し合うように進んでいた圧迫感が、わずかに緩んだからだ。
「……止まれ!」
前方から声が上がる。先頭にいた者たちが急に足を止めたため、後ろの冒険者たちも次々に動きを止めていく。
その理由はすぐに分かった。
奥に通路がない。
そこは、壁だった。
逃げ込んだ先は、行き止まりだった。
一瞬、広間の空気が止まる。
振り返る。
通路の奥から、ゴブリンの群れが押し寄せてくる。暗がりの中から次々に姿を現し、奥の通路が緑色の影で埋まり始めていた。数は明らかに異常だった。通路いっぱいに広がりながら、こちらへ向かってくる。
袋小路。
罠に嵌められたような形だった。
「迎えろ!」
冒険者の誰かが叫ぶ。その声を合図にしたかのように、散らばっていたパーティがそれぞれ位置を取る。壁際へ下がり、通路の出口を正面に構える。逃げ場がない以上、押し返すしかない。
最初のゴブリンが広間へ飛び込んできた。
剣が振り下ろされ、槍が突き出される。斧が振り抜かれ、矢が通路の奥へ吸い込まれていく。怒声と金属音が広間の壁に反響し、戦闘の音が一気に膨れ上がった。
カナトも短剣を握り直す。
足元へ意識を落とす。
地面のわずかな歪みを感じ取り、土を動かす。踏み込んできたゴブリンの足場が崩れ、体勢が傾く。その瞬間、短剣を滑り込ませて首を断つ。
横ではグランが斧を振り下ろしていた。重い一撃がゴブリンの体を叩き潰し、吹き飛んだ体が広間の床を転がる。
だが、数が減らない。
前を倒しても、すぐ次が来る。通路の奥から押し出されるように、次々とゴブリンが姿を現してくる。
カナトは再び足元へ意識を落とした。
崩す。
もう一体。
さらにもう一体。
短剣を引き抜きながら、もう一度地面へ意識を向ける。そのときだった。
頭の奥に、鈍い痛みが走る。
最初は小さかった。だが次の瞬間、痛みが一段階強くなる。思考がわずかに遅れ、視界が揺れた。
魔法を使い続けていたことを、そのとき初めて意識する。
頭痛。
足がわずかにふらつく。
ほんの一瞬の隙。
ゴブリンが距離を詰めた。牙を剥き、腕を振り上げてくる。短剣を構え直すより早く、その腕が目の前まで迫っていた。
その瞬間。
横から剣が振り抜かれた。
ゴブリンの体が弾き飛ばされ、壁際へ転がる。
カナトの前に、リシアが立っていた。
「下がってください」
短く言いながら、もう一体のゴブリンを斬り払う。剣の軌道に迷いはなく、そのまま一歩前へ踏み出して通路側へ刃を向けた。
「リシア!?」
近くにいた冒険者が驚いた声を上げる。
リシアは振り返らないまま、大きく息を吸った。
「聖堂騎士団に通報しています!」
広間に声が響く。
「応援が来ます!」
その言葉が届いた瞬間、広間の空気がわずかに変わった。
誰かが小さく息を吐く。
「騎士団……」
「来るのか……」
張り詰めていた空気の中に、ほんのわずかな安堵が混じる。
だが、リシアはすぐに続けた。
「到着には時間がかかります!」
その声で、現実に引き戻される。
ゴブリンは止まらない。
通路から押し寄せる群れが、広間へと流れ込んでくる。冒険者たちは戦いながら位置を変え、少しずつ動いていく。押し込まれる者、横へ流れる者、後ろへ下がる者。
気づけば、最初に固まっていた集団は崩れていた。
戦いながら、少しずつ離れていく。
カナトの横にいた冒険者が、いつの間にか別の場所へ押し出されている。グランが斧を振り払いながら叫んだ。
「離れるな!」
だが戦場はそれを許さない。
ゴブリンの群れが間へ割り込み、人の位置を押し流していく。広間の中で、冒険者たちが少しずつ散っていくのが分かった。
そのときだった。
遠くから、重い音が響いた。
――ドン。
足元が揺れる。
先ほどまでの振動とは違う。
重い。
地面の奥から何かが押し上げてくるような、鈍く深い揺れだった。
戦っていた冒険者たちが、一瞬だけ動きを止める。
誰も、何が起きているのか分からない。
だが、その振動は確かに近づいていた。




