第二十四話 同行②
蒼閃と潜った日から、数日が過ぎた。
あの日のやり取りは、胸の奥に薄く残っている。だが、潜ること自体は変わらない。基準を守り、三割を残して引く。それだけを繰り返す。
その日も第二層へ向かっていた。
曲がり角の先から、乾いた金属音が響く。
「正面、固定。右一体、流れる」
「……入る」
短く、無駄のない指示だった。
視界に入ったのは四人組。大盾を構えた男が正面を完全に受け止め、その背後に立つ剣士が隙を狙う。後方では弓を構えた女が射線を通し、さらにその後ろで水色の髪の少女が杖を構えている。
ゴブリンが三体、通路を塞ぐように並ぶ。盾役が一体を完全に引き受け、剣士がもう一体に斬り込む。だが、三体目がわずかに横へ流れた。進路は弓使い側。
距離を詰める。
振り下ろされる棍棒の軌道を、短剣で逸らす。真正面からは受けない。刃を滑らせ、力を逃がす。足元をわずかに隆起させ、重心を崩す。
剣士の刃が、深く入った。
残る二体も、ほどなく処理される。
水色の髪の少女が、こちらを見て小さく息を吐いた。
「今の……助かりました。ありがとうございます」
柔らかく、丁寧な口調だった。
「偶然です」
「偶然でも、間に合ったのは事実ですから」
穏やかにそう言い、状況へ視線を戻す。
盾を構えていた男がこちらに向き直る。黒髪を短く整えた体格のいい男。戦闘時の目は鋭いが、緊張はもう抜けている。
「助かった! あそこ抜かれてたら危なかったな」
声は明るく、感情がそのまま出る。
「俺はダイン。盾役でこのパーティ『灰狼団』のリーダーやってる」
親指で後ろを示す。
「こいつがクレス。前衛の剣士だ。無口だが、腕は確かだ」
クレスは視線を逸らしながら、短く頷くだけだった。
「後ろで弓構えてるのがリアナ。後方支援担当だ」
薄い金髪の女が落ち着いた動作で会釈する。
「リアナです。今の一体、射線が通らない位置でした。助かりました」
淡々と状況を述べる。
「で、さっき礼を言ったのがセラ。回復担当だ」
水色の髪、黄色い瞳。杖を握る手は安定している。
「セラです。怪我はしていませんか?」
まず確認する口調だった。
「問題ありません」
「それならよかったです」
安堵は控えめだ。
ダインが続ける。
「このまま奥へ行く。同行するか?」
蒼閃と潜ったときの空気が、わずかに脳裏をかすめる。立ち位置。声の調子。役割を押しつけられた感覚。
一瞬、足が止まる。
セラがこちらを見る。
「無理はしなくて大丈夫です。ただ、先ほどのように間を埋めていただけると、とても助かります」
丁寧だが、遠慮しすぎない。
「……迷惑にならなければ」
「迷惑なわけないだろ」
ダインが即答する。
「動けるやつが増えるのは歓迎だ」
迷いはない。
「では、行こう」
自然に隊列に加わる。ダインの後方、クレスの外側。リアナの射線は遮らない。
二度目の交戦は四体。湧きが重なり、間隔が詰まる。
ダインが正面を固定する。
「左、圧かかる。崩すな」
声は短く、冷静だ。
クレスが最短で刃を通す。リアナが一体の足を射抜き、動きを止める。セラはダインの肩口に最低限の回復を入れる。
一体が盾の外側を回り込む。進路はリアナ。
踏み込む。
棍棒が振り下ろされる直前、短剣で軌道を逸らす。力を正面で受けない。足元をわずかに隆起させ、重心を崩す。
クレスの刃が通る。
「……ありがとうございます」
リアナが落ち着いた声で言う。
「今の、確実に危なかったですね」
セラが静かに続ける。
「偶然です」
「偶然で何度も間に合いません」
穏やかな否定だった。
戦闘は続く。三戦目、四戦目。ダインの受けは安定している。クレスは無駄に言葉を挟まない。リアナは状況だけを伝える。セラは消耗を見て回復量を調整する。
俺は前に出過ぎず、後ろにも下がらない。間に合わなさそうな攻撃だけを捌き、崩し、通す。
ダインが区切りを告げた。
「今日はここまでにしよう。無理はしない」
戦闘時とは違い、声に少しだけ熱が戻る。
地上へ向かう通路を、四人と並んで歩く。自然と、五人になる。
途中、蒼閃とすれ違う。派手な装備。大きな声。こちらを見るが、何も言わない。
空気が違う。それだけは分かる。
ギルドに戻り、五人で精算を済ませる。受付前で、ダインが足を止めた。
「今日の動き、悪くなかった」
率直な言葉だった。
「また時間が合えば、一緒にどうだ?」
セラが続ける。
「もしご都合が合うようでしたら、またご一緒できればと思います」
柔らかいが、真っ直ぐな視線。
リアナも頷く。
「安定感がありました。またお願いできれば助かります」
即答はできなかった。ただ、断る理由もない。
「……都合が合えば」
「それでいい」
ダインが力強く頷く。
入口の光が差し込む。外へ出ながら、さっきの言葉を反芻する。
――また一緒にどうだ。
その響きは、思ったよりも静かだった。




