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その緑堂さんの返答はさすがに予想外だったのか、紫間さんも「うん?」と首を傾げて。
「おやおや、緑堂さんはまだ何か引っかかることがあるのかな?」
「そうですわね」
緑堂さんはまるでバレエダンサーの指先のように麗しい動きで三本の指を立てた。
「わたくしの疑問は三つございますわ」
「三つもかい?いいだろう。聞かせてくれるかな?」
「もちろんですわ。まずひとつめでございます」
緑堂さんは指を戻し、両手を膝の上に置いて質問をはじめた。
「二人目と三人目の失踪事件についてでございますが、これらは、少人数とはいえ、それぞれに目撃者がおありなのですわよね?しかもその目撃者は皆さま、魔法使いでいらしたのでしょう?」
「そういうことになるね」
「それでしたら、いくら防犯カメラに映っていなかったとしても、何らかの魔法を用いて失踪者の手がかりは得られませんでしたの?例えば、目撃者の方々の記憶を覗いて、失踪者の容貌だけでなく身体的特徴や歩き方、匂い、話し方の癖、もちろん指紋や声紋、虹彩などによる生体認証をあらゆるデータと照合させるなど、そういったことはもうお済みですの?MMMコンサルティングはこの国に存在するすべてのデータにアクセス可能だとも伺っております。国家機密から一般市民のスマホ、田舎にある誰も通らない道の防犯カメラまで、ありとあらゆるデータはMMMコンサルティングの手中だと申し上げてよろしいのではなくて?もし、目撃者の記憶から失踪者の生体認証を行ったうえで、それでも該当者がなしということでしたら、それはつまり………失踪した二名の女性は、偽名だった、実在していなかった、などという単純なものではなく、もともとこの世に存在していない存在であった……ということになる可能性もございますが、いかがでしょうか?」
上品な口調のまま、その速度を上げて尋ねた緑堂さんに、紫間さんは「うん、そうだね。その通りだよ」と即答した。
もともとこの世に存在していない存在……ということは、幻……みたいなものを指してるのだろうか?
緑堂さんの話の端々に私の知ってる常識ではあり得ないことが並んでいたけれど、紫間さんがすぐに認めたことにも驚きだった。
「その可能性も否定はできないかな。つまり、何者かが魔法で人間を操っていたのではなくて、魔法で架空の人間をホテルの登場させ、居合わせたスタッフや客にその幻影を見せていたという可能性だよ。これはかなり高度な魔法だけど、不可能ではない。さっきホテルスタッフがその女性客からあまり魔法の気配を感じなかった証言してくれたよね?確かにこれは、ただ単に魔法の影響を受けていないという証にもなる。だけどね、もしその女性に魔法をかけた人物が、非常に魔法の力の強い者だった場合は、第三者にそれを悟られないようにするための魔法を二重にかけることだってできるんだ。魔法の痕跡を消すような魔法だよ。まあ、もうそうなったら、何でもあり状態になっちゃうけどね」
紫間さんはクスクス笑いながら軽い感じに言ったけれど、私は、無意識のうちにバレッタに手をまわしていた。
青街さんが言うには、このバレッタには、私の魔法の力を誤魔化すような魔法がかけられているらしい。
紫間さんが言ってるのは、おそらくそれと似たような魔法なのだろう。
「だとしたら相手は相当な強者になるけど、そう考えるのが一番しっくりくる。だから僕たちは、むしろそちらの線で調査もしていたんだよ」
「まあ、そうでしたの?わたくしはてっきり、そこまではお調べになっていらっしゃらないのかと思っておりましたわ」
「どうしてだい?」
「それはふたつめの疑問にも繋がっておりますわ」
「うん。何かな?」
「ではふたつめでございます。今こうして深夜にもかかわらず黄壱さまはじめ失踪事件にかかわる皆さまがお集まりになっているのは、紅守さまが『助けて』というお声をお聞きになったためだと伺いましたわ。つまり、皆さまは、紅守さまがお聞きになったお声と、失踪事件が何か関係しているのでは……とお考えになったのですわよね?それなのにどうして、これほどに落ち着いた…と申しますよりも、のんびりとしたミーティングになっておりますの?助けを求めていらっしゃいますのよ?もっと緊張感やスピード感があって然るべきではありませんこと?」
ちらりと緑堂さんから視線を受けたけれど、私は相槌を返せなかった。
あの声については、ただ聞こえただけで、それ以外の情報はほとんど提供できないからだ。
緑堂さんは私の次に青街さんを見て、それから紫間さんに戻った。
「それなのに紫間さまをはじめ皆さまは、戻ってこられた紅守さま、青街さまに詳しい説明をお尋ねになることもなく、まるで紅守さまのお聞きになった声が失踪事件とは関係ないのだと知っているかのような態度ではございませんこと?わたくしにはそれが、とても不思議に思えてなりませんのよ。ですから、わたくし、MMMコンサルティング側はこの失踪事件に関してはさほど積極的に解決を求めていらっしゃらないのかと思っておりましたの」
確かに、緑堂さんの説にも一理ある。
私から提供できる情報は乏しいけれど、紫間さんや黄壱さんはまだそうとは知らないはずで、なのに詳細を尋ねてこないのは不自然にも見える。
けれど紫間さんは感心したように、パチパチパチと、今の時間帯に相応しいボリュームで拍手してみせたのだ。
「いやあ、素晴らしい。見事な推理だね。ただ…」
紫間さんは拍手を止めて。
「ただ、少――しだけ、誤解があるようだね」
人差し指と親指で ”少し” のジェスチャーを作り、こめかみの横に浮かべたのである。
「まあ。どのあたりが誤解ですの?具体的に仰ってくださいませんこと?」
「うん。実はね、侵入アラートを感知してすぐ、僕は ”転移の魔法” を使って現場を確認しに行ったんだよ。二次試験中にきみたちに何かあったらいけないからね。すぐに警戒態勢になったわけだ。でも、そこには何もなかったんだよ。人影もなかったし、怪しい物もなかった。そして声も聞かなかった。”魔法” の気配はどこにもなかったんだよね。だから、今回のアラートと、紅守さんが聞いたという声と、三件の失踪事件に繋がりがあるとは思えなかった。でもだからと言って、まったくの無関係だと判断するのも尚早……それが今のところの見解かな。ただ、関係があるのかないのか、それを知る手がかりは紅守さんが聞いた声しかなさそうだからね。こうして黄壱くんにも来てもらって、緊急ミーティングを開くことにしたんだよ。スピード感がないように見えるのは、声を聞いたのが紅守さんひとりしかいない以上、僕たちが急いだところで事態は変わらないからね。きっとみんながそう感じてるから、どことなくのんびりしてるように見えてしまうんじゃないかな?もちろん、このあと紅守さんに詳しいことを聞くつもりではいるけどね」
毎度のことながら、紫間さんの説明は、まるでパズルのピースのように理屈と理屈がぴったりはまっている。
けれど、それでもまだ、緑堂さんには足りないピースが残っているようだ。
「理解してもらえたかな?」
紫間さんがにっこり笑いかけるも、同じくにっこりと笑い返した緑堂さんは「そうですわね」と返事してから、
「では、三つめをお尋ねいたしますわ」
たおやかに告げた。
「どうぞ?」
「さきほど紫間さまは、紅守さまの心を読んでいないことの証明として、紅守様が手首に装着していらっしゃいますブレスレットのことを仰いましたわよね?」
「うん、そうだね」
「ですが、一般的に魔法の道具というものは、それを製作された方の力が大きく影響されるはずです。例えば100の力を持つ方が製作された道具でも、101以上の力を持つ者の手にかかれば効力がなくなる場合がございますわ。では、もし仮に、あのブレスレットを製作されたのが、MMMコンサルティングで最も力の強い紫間さまだったとしても、紫間さまご自身でしたら容易くその効力を無効にさせられるのではありませんこと?紫間さまより力の弱い方が製作されたのでしたら尚のことかと存じます。そうすると、紫間さまは紅守さまの心を読むことは可能ということになりますわ。この点についてご説明いただけますでしょうか?」
緑堂さんは質問を紫間さんに投げかけたあと、ふと思い出したかのように付け加えた。
「……なるべく偽りや誤魔化しのないように、お願い申し上げますわ。緑堂家の人間は易々と謀られることを良しとしておりませんので」
矜持をもって、緑堂さんはそう訴えたのだろう。
私が倒れた際の、責任の所在がどうの…という発言も、緑堂家の存在感を強く匂わせるものだった。
おそらく彼女は、自分自身がというよりも、緑堂家の人間としてこうあるべきという、確固たる軸があるのだろう。
その信念ゆえの凛とした品格にあてられたのか、ホテルスタッフの何人かからは息をのむ気配も感じられた。
けれど当然、紫間さんは相変わらずの笑顔で。
「うーん。なかなか鋭いね」
そう答えながらも、どこか緑堂さんとのやり取りを楽しんでいる風情さえある。
「お認めになりますの?」
「まあ、そうだね。僕がその気になれば、紅守さんの心を読むことはできるかもしれない。だけど、そのブレスレット…というよりもその石には、それなりの ”防御魔法” がかけられているからね。いくら僕でも、そう簡単には無効化はできないよ。まあ、できなくもないけど、相当な力が必要……てところかな」
「それでは、さきほどはわたくしどもに事実ではない説明をなさった、ということになってしまいますけれども……」
「嫌だな、言葉の綾じゃないか。いちいち今みたいな説明をしていたら時間がかかってしまうだろう?」
紫間さんはまったく悪気なさそうに反論した。
対する緑堂さんは少し困ったように頬に手を当てて。
「ですが………一度でもそのように事実を歪めた説明を伺ってしまいますと、それ以外も100%の事実ではないのではないかもしれないと勘繰ってしまいますわ。例えば、最初に伺った、二次試験をこちらのホテル ミスルトゥで行わなければならない理由について………など。そう思いませんこと?青街さま?」
急に呼びかけられた青街さんは、じろりと一瞥で応じた。
どうやらこのふたりの間に同盟めいたものは結ばれていないようだ。
けれど、緑堂さんはすぐさま矛先を変えてきたのである。
「紅守さまは、いかがでいらっしゃいますか?」




