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紫間さんは笑顔を青街さんに向ける。
「もちろんそうだね。僕は紅守さんの心を読んりしてないからね。それに紅守さんはさっき渡した石を身につけているから、どちらにしても、今の紅守さんの気持ちは僕の勝手な推測でしかないよ?でも、このホテルで起こった事件を話した直後で驚いたのかもしれないし、悪事を企んでる魔法使いがいるかもしれないと知って、不安に感じたと推測したんだけど………青街くんは、僕の推測が間違っているとでも言いたいのかな?」
優しい笑顔に見えるはずなのに、どうしてだか私にはそうは見えなかった。
そしてどうやら青街さんは、曖昧に収束させるつもりはなさそうだった。
「―――――怒り」
「なんだって?」
「”怒り” と言ったんです。さっき彼女が力を暴走させた感情が、怒りだったとは考えないんですか?」
「怒りだって?青街くんはとってもユニークな感受性を持ってるよね。さっきの僕の話のどこに、紅守さんが怒りを感じるポイントがあったんだい?ねえ?紅守さん?」
少し横にずらされた紫間さんの視線は、しっかりと私を捕まえてきた。
やっぱり、紫間さんは笑顔なのにちっとも笑っているように見えなくて。
私は、目を逸らすことはしなかったけれど、答えには慎重にならずにはいられなかった。
――――『あの男には気をつけろ』
――――『馬鹿正直にぺらぺら話しても、あとで利用されたり危険にさらされたりするかもしれないからな』
――――『絶対に自分の身を守ることを忘れないでほしい』
青街さんと律ちゃんの声が頭の中でクロスしていたのだ。
けれど、私が答えを選ぶよりも先に、青街さんと同じく、こちらも、まるで私の心の内を代弁するかのように、軽やかな声が舞ったのである。
「『手段を選んでいる余裕はなかった』」
さっきの紫間さんの口ぶりを真似てそう発言したのは、緑堂さんだった。
「うん?なんだい?」
紫間さんが私から緑堂さんに目標を移した。
けれど緑堂さんは微塵も揺らいだりせず、堂々と上品に応じてみせる。
「さきほど紫間さまが仰ったお言葉ですわ。失踪されたお二人の女性を見つけることができず、封印魔法を使えるかもしれない正体不明の魔法使いを探す手立てもなく、もう『手段を選んでいる余裕はなかった』。そう仰いましたわ」
「そうだね」
紫間さんは穏やかに頷く。
そして緑堂さんも穏やかに、唇には笑みを携えて語った。
「それでは、そんな未解決の失踪事件が連続して発生しているこちらのホテルを、MMMコンサルティング入社試験二次試験の舞台に選ばれたことも、その手段のひとつだった………そう捉えさせていただいても、よろしいですわよね?」
背筋をピンと伸ばし、わずかに顎を引いて、隣の紫間さんを見上げる緑堂さんは、それでも優雅に笑顔を浮かべていた。
対する紫間さんも、1mmたりとも表情を崩さずに告げる。
「なるほど。緑堂さんにはそう聞こえてしまったということだね?さぞかし不安に感じたことだろうね。申し訳ない」
小さく頭を下げた紫間さん。
まさか紫間さんが謝罪するとは思わなかったけれど、意外性に目を見開いた私とは違い、緑堂さんの堂々たる居住まいは紫間さんと同じく、微塵もブレることはなかった。
「紫間さま、わたくし、謝罪のお言葉を頂戴したいわけではございませんのよ?真実の説明をいただきたいだけですわ。さあ、お答えになってくださいまし。紫間さまやMMMコンサルティング社は、失踪事件の捜査のための手段として、わたくしどもの二次試験をこちらのホテル ミスルトゥで行うことになさったのではありませんこと?」
とても同年代とは思えないほど、緑堂さんの追及は貫禄があり、優雅な迫力に満ちていた。
紫間さん、青街オーナー、黄壱さんの三人は一切動じていなものの、青街オーナーの後ろに控えている数名のホテルスタッフはからは、明らかに怯んでいる様子が見て取れた。
「うーん、緑堂さんが何を指して手段と捉えているのかにもよるんだけど………これだけははっきり言っておくよ?今回の入社試験の二次試験会場がこのホテル ミスルトゥに決まったのは、失踪事件が起こるよりも前だよ」
「あら、そうですの?」
コロリと、纏う雰囲気を裏返した緑堂さん。
「うん、そうなんだ。なんなら青街オーナーにも確認しよう。そうでしたよね?青街オーナー?」
紫間さんが振ると、青街オーナーは即答した。
「仰る通りです。まだ公表はしておりませんでしたけれど、確かに、最初の失踪事件の前には決まっておりました」
「それ、間違いない?」
青街さんが、自分の母親である青街オーナーに間髪入れずに問い質す。
「もちろんよ。嘘だと思うならあとでお父さんに訊いてごらんなさいな」
「MMMにそう言うように指示された?」
「あり得ないわ。あなただって知ってるでしょう?私たちの最優先事項はホテルのお客様方よ?もちろん、失踪された三人の女の方も大切なお客様なの。もし、そんな大切なお客様の失踪事件が解決していない状況にもかかわらず、二次試験会場として使用させてほしいと依頼があったのだとしたら、オーナーとしてそれはお受けできないわ。だって、まずは行方不明のお客様の捜索が最優先ですもの。それに、まだちゃんとした魔法使いになる前のあなたたちを受け入れて、また失踪事件が起こってしまったら?そんな不安がある中で、二次試験会場の依頼をお受けできるわけないでしょう?」
「ですが、キャンセルはなさらなかったのですわね?」
親子の押し問答に、緑堂さんが非常に柔和に鋭く切り込んだ。
「もし、ホテル宿泊客の安全を一番に優先なさるのでしたら、例え事前に決まっていたとしても、MMMコンサルティング入社試験の二次試験会場をご辞退なさるのが筋かと存じますけれど、なぜ、そうはなさらなかったのでしょう?」
息子の青街さんには淀みなく論じていた青街オーナーも、緑堂さんからのダイレクトすぎる詰問には、一瞬、困惑の色がよぎった。
そのせいか、紫間さんが青街オーナーを代弁するように会話のボールを握ったのだった。
「それについてはこちら側の事情が大きいんだ。ホテル ミスルトゥにも、青街オーナーにもまったく責任はない。といっても、よくある話だよ。一度決定したことを覆すにはそれなりの理由が必要だ。そして何か月も前から決まっていた二次試験会場を変更するだけの理由がなかった。それだけだ」
「三人も失踪しているのにですか?」
青街さんが紫間さんに食ってかかる。
紫間さんは青街さんのネガティブなボールも、穏やかに包み込んだ。
「そうだよ。さっきも言ったように、社内にもいろんな声があったからね。直前になって二次試験会場を変更するよりも、そのまま続行すべきだという意見の方が大きかったんだよ」
さっき青街さんから聞いた話では、MMMコンサルティング内でも二次試験を中止、もしくは延期する案が出たそうだけど、結局はMMMコンサルティングが全責任を負うということで実施されたらしい。
紫間さんの説明はそれと一致していた。
「そうでしたのね……」
緑堂さんが頬に手を当てて腑に落ちた表情をした。
けれど
「納得してくれたかい?」
紫間さんの問いかけには毅然と返したのである。
「いいえ?ちっとも」




