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そんなふうには思いたくない。
律ちゃんが信頼して一緒に働いている人に対して、そんな疑いの目を向けてしまうことに、後ろめたさだってある。
だけど、一度浮かんでしまったことを頭の中から完全にシャットアウトできるほど、私はまだ大人ではない。
いやもちろん、世の大人たちがみんなそうだとは言えないけれど………
言い方を変えるなら、私は、そこまで人間ができていないのだ。
青街さんの忠告を聞き入れ、紫間のことをすべて信用するのは控えようとは思っていた。
ただそうであっても、囮の件が事実だったとしたら、根本から話は違ってくる。
信用できないどころか、私は、この紫間という男の人から、そしてこのホテルから、すぐにでも逃げ出すべきだろう。
だって、律ちゃんと約束したのだから。
――――『誰よりも何よりも自分を最優先してほしい』
――――『この先MMMに入ったら、危険なことに巻き込まれる可能性もゼロじゃない。でも、絶対に自分の身を守ることを忘れないでほしい』
――――『絶対に自分を雑に扱ったりしないでほしい』
なによりも、自分最優先。
それが、律ちゃんとの約束だった。
もし仮に私たちが囮に使われていたとしても、きっと律ちゃんはそのことを知らないはずだ。
なによりも私を守ると言った律ちゃんが、私をそんな危険のある場所に預けるとは到底考えられない。
…………だったら、紫間さんは、私だけでなく律ちゃんまで騙していたことになるんじゃないの………?
そう思うや否や、カッと体が熱くなった。
…………私はともかく、律ちゃんを裏切るなんて、許せない!
怒りの感情が跳ねた次の瞬間、パリンッ!パリンッ!パリンッ!と何かが割れるような音がラウンジを走り、それから、私たちの周りだけ照明がスッと落ちたのだ。
「―――っ!?」
「何ごとですの!?」
「おやおや」
「あらまあ……」
「どなたか明かりを点けていただけませんか?」
「しょうがないね。じゃあ僕が」
黄壱さんに紫間さんがそう返したとたん、また一斉に明かりが点いた。
おそらく、いや間違いなく、魔法だろう。
一瞬で視界を覆った眩しさに、私は思わず目を細めてしまったけれど、ゆっくりと、元に戻していく。
そしてしっかり目を開ききったそのとき、全員がこちらをじっと見つめてくる光景に、ギクリとしてしまった。
「………?」
紫間さん、緑堂さん、黄壱さん、青街オーナー、他の数名のホテルスタッフ
全員が、苦笑だったり、戸惑いだったり、驚いた表情で私を見ているのだ。
いったい何があったのかと、理解が追いつかない。
すると、隣から無表情のまま私を見据えていた青街さんが言い放ったのだった。
「あんたがやったんだよ」
「え………?」
青街さんをまじまじと見返してしまう。
それは決して責めてるようには聞こえなくて、ただの報告ごとのように受け取ったけれど、ただ私は、青街さんのその短い報告の内容が、どこか他人ごとのようにしか感じられなかったのだ。
…………あんたって、私のこと?でも、やったって………?
けれど青街さんの背後、ラウンジの壁際のカーペットの上に、割れたガラスのようなものが散乱していたのを見つけ、私は、この状況と青街さんの報告の意味を悟った。
つまり青街さんは、私が、ラウンジの照明を粉々に割った張本人だと言っているのだ。
でも、どうやって?
いや、この場でその方法といえば、もうひとつしかないだろう……………魔法だ。
「私が、………魔法で…………?」
まさかと思いたくても、それ以外に思いつかない。
恐る恐る呟いた私に、紫間さんは「驚くのも無理はないよ」と、まずは慰めの言葉をくれた。
それから
「さっきも言ったかもしれないけど、魔法は感情に大きく左右されるからね。強い不安や恐怖を感じたり、逆にものすごく嬉しいとか楽しいと感じたときに、魔法の力が瞬発的に高まるんだよ」
そう言って、パンッ!と手を叩いた。
急に響いた音に、私だけがビクッと肩を揺らした。
紫間さんは終始微笑みを浮かべていた。
「まあ、慣れていくと自然とそれを調整できるようになるんだけどね。でも、魔法の元を持ってるだけの、きみたちみたいな魔法使いの卵や、そもそも魔法を知らない未発見の場合、感情の起伏のせいで魔法の力が暴走することもしばしばあるんだ。それが今さっき、紅守さんの身に起こったというわけだよ」
だから、アレは気にしなくていいよ。
くるりと首をまわした紫間さんが青街オーナーに目配せすると、そばにいたホテルスタッフの男性が小さく片腕を振った。
すると―――――
粉々に砕け落ちていたガラスの破片が、スウ――――ツと浮かび上がり、照明器具としてもとの形を成していったのだ。
「―――っ!」
ここでも私だけが驚く中、割れた照明のすべてが順に明かりを灯していく。
最後の照明が灯を取り戻すと、紫間さんがちらりと視線を上にあげて、私たちのまわりを照らしていた光がパッと消失したのだった。
そうして、ラウンジは、もとの控えめな明るさが広がっていた。
もう、わかっている。
今起こったすべてのことが、魔法なのだと。
そのきっかけになった最初の出来事が、私のせいだということも、自覚はないままに理解している。
いや、まだ完璧には程遠くても、理解……しようとはしている。
そんな私を、おそらく紫間さんはポジティブな方向で受け取ったのだろう、尚もフォローしようとしてくれた。
「ほら、今もまた紅守さんは魔法にびっくりしてたよね?さっきも、はじめて聞くことばかりで、驚いたり、ちょっと怖くなっちゃったりしたんじゃないかな?だから、感情がパッと弾けちゃったんだと思うよ?でも壊れたものはこうやって元通りになったんだし、紅守さんは何にも気にしなくていいんだからね?」
慰めに私の力の強さのことを持ち出さなかったのは、私が罪悪感を持たないようにという、紫間さんの優しさだと思いたい。
けれど、私がさっき感情を爆ぜたのは、驚きではなくて…………
「彼女の感情が驚きだったとは限らないんじゃないですか?」
私の内心を、まるで見えているかのように言い当ててきたのは、さっきの私の感情の種をまいた張本人、青街さんだった。




