4
「え………刑事さんじゃ、ないんですか?」
確かに名刺にはただ【警察庁】としか記されておらず、担当の部署や階級といった情報までは記載がなかった。
私も詳しいことまではわからないけれど、【警察庁】は、各都道府県の警察をまとめる省庁で、都道府県で採用される警察官は地方公務員であるのに対し、警察庁は国家公務員総合職試験に合格した国家公務員、俗に言うキャリア組だということまでは、ドラマや小説の影響で知っている。
あとは、警察庁から各都道府県警察に出向し、数年おきに移動して昇進していく……というのを、何かの情報番組で見かけた気もする。
でも、事件を担当するのなら刑事になるのだろうし、青街さんからもそんな感じの説明があったようにも思う。
意外だという感想をそのままあげてしまった私に、黄壱さんは「そうなんですよ。正しくは」と少し複雑そうに笑った。
けれど、これについては青街さんも私サイドだったようで、私よりは薄いものの、驚きはあったようだ。
「ですが、魔法に関する事件を担当されてますよね?」
青街さんの問いに、黄壱さんは「そうですよ」と認めてから、「ですが、事件だけを担当しているわけではありませんので」と付け加えた。
そして紫間さんがその先の解説を明朗に請け負った。
「そうだね。厳密に言うと、黄壱くんの担当は、我々魔法使いや魔法全般がかかわる案件すべてにあたるからね。刑事だったら、事件を捜査することがメインになっちゃうだろう?でも、魔法関連、MMM案件となると、事件とは限らない。警察の中には刑事局、生活安全局、交通局、警備局、情報通信局……と、いろいろ部署があるわけで、その中でもさらに細分化されてるんだよ。何か出来事が起こったら、それに該当する部署が担当する。でも、魔法や我がMMMコンサルティングが関与していた場合は、すべて黄壱くんにまわってくることになってるんだよ。もちろん、黄壱くんだけじゃないよ?他にも警察にはそういう担当者が何人もいるし、MMMコンサルティングでも、警察担当の部署はあるからね。黄壱くんはそういう魔法関連担当者をまとめる立場にいる人で、階級的には………局長だっったかな?審議官だったかな?」
「局長相当ですね」
「ああ、そうだった。黄壱くんの年齢だと、めちゃくちゃスピード出世だよね?」
「相当ですから。あくまでも。部署をまたいでの指揮になるので、あとで面倒ごとにならないよう、それなりの立場を与えられただけです。ですので、私の実力で昇進したわけではありません。名刺にも【警察庁】としかありませんから」
そこまで聞いて、青街さんは「そういうことですか……」と納得したようだ。
私は、局長とか審議官とかいまいちピンときていないけれど、名刺に役職が書かれていなかった理由は、なんとなく理解できた。
黄壱さんは非魔法使いということだし、まさか名刺に堂々と ”魔法” と書くわけにもいかないだろうから。
知る人ぞ知る警察の偉い人……といったところだろうか。
…………警察内にそんな役職があるなんて、やっぱり、いまだに信じられないけど。
「じゃあ、黄壱くんについては、ここらへんでもうOKかな?」
紫間さんはにこやかに、本題へと軌道修正したのだった。
「そうですわね。では、続きをよろしくお願いいたしますわ」
紫間さんの意図を察したのだろう、緑堂さんがそう言って、もともとピンと伸びていた背筋をさらに正した。
それを見て、私は、姿勢の正しさにも彼女の品の良さが表れていると思った。
「うん。それで、黄壱くんのおかげもあって、警察の捜査が開始されたんだけどね、魔法を使っても探し出せない人物を見つけるのはとても難しかったんだ。でも、そうこうしてる間にも、水面下で好き勝手に誰かの魔法を封印してる輩がいるかもしれないだろう?もし、重要な任務に就いているMMMコンサルティング社員が魔法を奪われたりしたら大変なことになる。だから内々ではあるけれど、必要なクライアント、関係先にもその旨を伝えたんだ。もちろん、極秘事項としてね。各所のトップかそれに近い担当者にのみ伝達して、念のため注意喚起も行った」
そのうちのひとりが、内閣総理大臣だったのだろう。
青街さんから教えられていたおかげで、もう驚くことはなかったけれど、やっぱり、新社会人としては、自分が入社を希望している企業の偉大さを感じずにはいられなかった。
「だけどね、何も起こらなかったんだよ。何もね。少なくともMMMコンサルティング社員や取引先で、魔法を失った人物はいなかった。そうなったら、もう手詰まりだよね。だって、ひとりめは ”魔法の元” だけでなくこのホテルに来た記憶も消されていたし、あとのふたりは実在する人物かどうかも定かではない。これで何をどう捜査すべきか、この件の担当者はみんな頭を抱えちゃったんだよね。でも、事情を知る一部の魔法使いは、もしかしたら自分の魔法も消されてしまうかもしれないってものすごく不安になっていたんだよ。非魔法使いも同じだよ?自分のかかわる仕事が、魔法が消えたことでとんでもない被害や損失を出してしまうかもしれないからね。でも一番心配だったのは、もしかしたらそのせいで、この国や国民が犠牲になってしまうかもしれない……ってことだね」
最後の一文を、殊更ゆっくりと告げた紫間さんに、ギクリとした。
さっき医務室で、悲惨な話を聞いたばかりだったからだ。
けれど紫間さんは、パッと切り替えて、
「だから、僕たちはあらゆる可能性を否定せず、全力を挙げてこの件にあたった。正直なところ、手段を選んでいる余裕はなかった……と言った方が正しいかもしれないけどね」
まるでちょっとした失敗談を語るような雰囲気で言ったのだ。
…………手段を選ぶ余裕がなかったって………つまり、正攻法ではない手段を選択していた、ということ?
そう思ったとき、なんだか嫌な予感がした。
さっき青街さんが言っていた推測が、にわかに現実味を帯びてくる気がしたのだ。
――――『MMMは、俺たちを囮にするつもりなのかもしれない』




