3
「まず最初に確認しておくよ?緑堂さんは今僕と青街オーナーからホテルで起こった出来事について説明したんだけど、紅守さんも青街くんから聞いたんだよね?」
”緊急” と謳っているとは思えないゆるやかさで尋ねてきた紫間さん。
でもそのおかげか、私も落ち着いて答えることができた。
「はい。三件の失踪事件についてですよね?一件目の女性は発見されたものの記憶をなくしていて、他のふたりは今も行方不明のままだと………」
「うん、その通りなんだ。ひとりめの女性は、記憶だけでなく ”魔法の元” も失っていた。長い時間を経て自然に消えることもあるけれど、たった一晩でというのはあり得ない。それで、その失踪事件の裏にはどうやらMMMコンサルティングの把握していない魔法使いが関与していそうだと、そんな疑いが強まったんだ。つまり、”魔法の元” を封印できるほどの力を持った魔法使いがね。これは我々魔法使いだけでなく、我々の魔法と深く関わっている非魔法使いにとっても由々しき事態なんだよ。今や魔法と関わりのない分野はほぼ無いに等しいからね。もしその人物が ”魔法の元” だけでなく、あらゆる ”魔法” を封印できるのだとしたら、この世界はどうなると思う?」
それは、さっき青街さんも危惧していたことだ。
「………大変なことになります……」
「混沌だよ」
紫間さんはたったひと言で最悪の状況を論じた。
混沌………
小説や映画でしか見聞きしない言葉に、落ち着いていた心がざわざわと揺れだす。
紫間さんはテーマパークのスタッフのようなテンションは控えたものの、暗然とした言葉を口にした割には穏やかな微笑を浮かべていた。
それが私たちの不安を煽らないためなのか、それとも単なる苦笑なのかは測り知れない。
今日…正確には昨日からだけど、紫間さんと一緒に時間を過ごす中で、この人の不思議な人となりは掴みどころがなかったからだ。
悪い人ではないと思う。
律ちゃんも信頼しているようだったし、そんな人が悪人だなんて思いたくはない。
でも、青街さんから聞いた話も、嘘だとは思えなくて。
囮のことだって、MMMコンサルティングの元社員のことだって、青街さんの仮説にはどれも筋が通っていた。
…………悪い人ではなくても、紫間さんのことをすべて信用するのは、やめておいた方がいいのかもしれない。紫間さんだけでなく、魔法に関することすべてを………
それが、今のところの私の見解だった。
私は青街さんからの忠告に従い、”魔法” が使えないなりに、警戒を怠らぬよう、頭の片隅に置きつつ、紫間さんの続きに耳を傾けた。
「これは本当に大変なことなんだ。さっき本社で言ったかもしれないけど、魔法や魔法の元を消すことは、ごく一部の限られた魔法使いにしかできない、高度な魔法だからね。それを、きちんと規則によって自制されているMMMコンサルティング社員以外が使っているのだとしたら、すぐにその人物を特定する必要がある。場合によっては、今度はその人物から魔法を消去…封印しなくてはならないだろう。なんてたって、その人物は我々魔法使いにとっても非魔法使いにとっても極めて深刻な脅威になり得るんだからね。うちにスカウトするという道もないわけじゃないけど、ひとりめの女性から魔法の元が消えたのがその人物の仕業なら、MMMコンサルティングの規則に違反することになる。スカウトは幻の幻だね。そこまで強い力があるのに勿体ないとは思うけど………」
最後のひと言は、ひとり言のようにも聞こえた。
ただ、とても残念そうに聞こえた。
「ま、そんなこと言ってもしょうがないんだけどね」
紫間さんはすぐに切り替え、おとなしめのテーマパークスタッフのような口調にまで戻った。
「ともかくそういうわけで、我がMMMコンサルティングは二件目以降、その ”未発見の魔法使い” 捜索に全力をあげていたんだ。でも残念ながら、三件目は起こってしまった。と言っても、三人目の失踪者がホテルに滞在していたのはほんの数分程度で、これといった手がかりも痕跡も何もない。果たしてこれを失踪事件と断定していいものか、実のところ社内でも議論があったんだ。ひとり目、ふたり目はチェックインも済ませたホテル利用客だけど、三人目はただホテルにエントランスに数分いた、それだけだからね。もちろん、防犯カメラのどこにも映ってないなんて、魔法でも使わない限り不可能なわけで、その女性、もしくは女性のバックにいる何者かが意図的にそうしたのは間違いない。でも考えてごらんよ。女性は魔法の魔の字も知らなかったんだよ?ということは、女性本人が意図をもってカメラに映らないようにするのは不可能だ。つまり、女性を動かしている何者かが存在するはずだ。ここで、女性と接したスタッフの証言が重要になってくる。そうですよね?青街オーナー?」
名指しされた青街オーナーは、「ええ。仰る通りだと思います」と同意し、隣にいた若い男性スタッフに「あなたが、その女性を最初に見かけたのよね?」と尋ねた。
「はい。そのお客様がエントランスに入ってくるところからお見かけしていました」
男性スタッフは何度も訊かれているのだろう、思い返すような素振りもなく、てきぱきとした返答だった。
「で、彼女は目の前で起こった不思議な出来事に、とても驚いていた……ということだよね?」
今度は紫間さんが質問すると、男性スタッフは紫間さんや私たちに向かって丁寧に、そしてやはりてきぱきと説明していった。
「はい。チェックインに並ばれていたお客様が、ご自分のスーツケースを魔法で動かされたのを見て、目を疑うような仕草をなさってました」
「だから、彼女を注意深く観察したんだよね?」
「はい。当ホテルにお越しのお客様なのに、魔法のことをご存じない……これは一件目、二件目と似たような状況だと思いましたので、そのお客様から目を離さないようにいたしました。そこで、確かに ”魔法の元” があることは確認いたしました。ですが、オーナーに報告をするために、ほんの一瞬目を離してしまいまして……」
「その隙に、女性は消えていた」
「………はい。申し訳ありません」
「謝る必要はないよ。きみは何も悪くない。むしろ、そんな短い時間でよくその女性客を見つけたものだよ。彼女が ”未発見” だとわかっただけでもすごい情報と思うよ?」
紫間さんがにっこり笑いかけると、男性スタッフも少しホッとした様子で頬をゆるめた。
「ただ、これだけは証言してほしい。その女性客は、このホテル ミスルトゥに無理やり来させられてるように見えたかい?」
「いいえ。そんな風には見えませんでした」
「何かに怯えている様子は?」
「魔法に驚いてはいましたが、怯えているようには見えませんでした」
「誰かに操られている様子は?」
「それもありません。魔法の気配もそこまで濃くはありませんでしたから、魔法で操作されていた可能性は低いかと」
「ということはだ、その女性は自分の意志でこのホテルを訪れた可能性が高いということになるよね?」
紫間さんが男性スタッフから正面に座る黄壱さんに視線を移して問いかけた。
「そう考えるのが妥当でしょうね。おそらくは」
「だとしたら、女性がバックについている何者かと共犯である可能性が浮上してくるわけなんだよね。つまり、自分の意志でホテルを訪れ、そして立ち去ったと。もしそうなら、それは失踪事件……とも言い切れないんじゃないかと、社内ではそういう声も出てきたんだ。ただ……」
また私たちに視線をまわしながら、足を組み替えた。
「ホテル側には何の落ち度もないけれど、三人目に関しては何ひとつ情報がない状態なんだよね。だから確かめようがない」
「困っちゃうよねえ……」と、本気で困っているようには聞こえない温度でこぼしていく。
「おかげで、社内でもああだこうだ言いたがる人も出てきちゃうしさ。だけどね、この黄壱 隼という優秀な刑事が迅速に動いたことで、事態はスムーズに進んでくれたんだよ」
紫間さんが黄壱さんに「ね?」とボールを投げた。
けれど黄壱さんはフ…と息を吐き、
「私は刑事ではありませんよ。何度も申し上げていますが」
静かに首を振ったのだった。




