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「まあ、ある日突然、”魔法” なんて他の人にはない力を手に入れちゃったら、特権意識が芽生えるのも仕方ないんだろうけどね。”魔法の元” のせいで、それまでの人生が順風とかけ離れていたりした場合は、特にその傾向が強いんだよ。劣等感…コンプレックスっていうのかな?その反動でね。でも、MMMコンサルティングでは、非魔法使いのことをそんな風に呼ぶのは禁止されているからね。きみたちも、決して使わないように」
紫間さんが私と青街さん、それに緑堂さんを見まわした。
「もちろんですわ」
「………わかりました」
返事をしたのは緑堂さんと私で、青街さんは黙って頷いただけだった。
このホテル ミスルトゥは魔法で非魔法使いには認識できないようになっているらしいけど、魔法は細かな調整はできると言っていたから、必要に応じて、黄壱さんのような非魔法使いにも認識可能にさせているのだろう。
私は黄壱さんをかすめ見て、そこでふと、私たち以外の二次試験参加者がいないことに気付いたのだ。
「あの……他の方たちはいらっしゃらないんですか?」
「他?ああ、紺咲くん、灰霧くん、白蘭くんのことかい?」
「はい……」
紫間さんに問われて、私は返事しながらもう一度ラウンジ内を確認した。
緑堂さんがいるのだから、てっきり他の3人もいるものだと思い込んでいたけれど、紫間さんの隣に座っている緑堂さん以外の姿が見当たらないのだ。
すると、黄壱さんが私の問いに重ねるようにして、紫間さんに詳細を求めた。
「まだ集まってない人がいるのですか?」
「いや、今名前のあがった彼らは二次試験の参加者だよ。今頃は明日に備えて休んでるはずだよ?」
「え……」
…………でも、じゃあ、緑堂さんは?
私が目で疑義を訴えたところ、当の緑堂さんが「あら、わたくしも紫間さまに呼ばれたわけではございませんのよ?」と、鈴が転がるように笑った。
「きっと青街さまも同じかと存じますけれど、わたくし、真夜中に地震で目が覚めましたの。そしてそれが侵入者を知らせるアラートだと気付きましたの。自宅にも防犯のために似たような ”設定魔法” を施しておりますので、すぐにわかりましたわ。ですが、ただ今のわたくしは、二次試験の最中でございましょう?例えホテルに侵入者があったとしても、わたくしがしゃしゃり出るのは烏滸がましいと思い、遠慮しておりましたの。ところが、しばらくして隣の紅守さまがお部屋から出られる音が聞こえてまいりましたから、わたくし、飛び起きましたのよ?それで扉越しに様子をうかがっておりましたところ、紅守さまが廊下を進んでいらっしゃったすぐあとに、今度は青街さまも出てこられましたわ。青街さまはわたくしと同じで魔法にも慣れていらっしゃいますし、こちらのホテルはご実家でいらっしゃいますから、きっと、侵入者のアラートを受けて出てこられたのだと直感いたしました。それでしたら、もしかしたら先に出ていかれた紅守さまも、侵入者に気付いてお部屋を出ていかれたのかもしれないと考えましたの。そして、わたくしも何かすべきではないかと、取り急ぎ身支度を整え部屋から出ましたら、偶然紫間さまをお見かけして、こちらに同行させていただいた次第でございますの」
「……ということは、他の方は………」
「お三方でしたら、あの地震にも気付いてはいらっしゃらないかと存じますわ」
緑堂さんは夜中なのにまるで朝のような清涼感たっぷりに即答した。
そしてその説明は、さっき青街さんが話していたことの裏付けになった。
―――――あれは、わかる者にしかわからないように設定されている。
ホテル関係者、警備関係者、他、あらかじめ知らせておくべき人物。
もしそれ以外に察知できたのだとしたら………その人物は相当魔法の感受性が高いか、魔法の力そのものが大きいかのどちらかだ―――――
それにもかかわらず、私があの地震を感じたということは、私の魔法の力が一般の魔法使いよりも強いということを意味しているのだろう。
もういい加減、受け入れつつはあるけれど。
自覚はないままに。
「それでは、ここにいる方々で全員ですね?」
黄壱さんが紫間さんと青街オーナーに問いかけた。
「そうだね」
「夫は出張中ですので、今夜のことはまだ知らせておりません。魔法が関係しているとわかれば、すぐに知らせるつもりではいますけれど」
そういえば、青街さんのお父様はまだお見かけしていない。
ホテルに移動してからというもの、そんなことまで気にしている余裕はなかったので、今の今、その事実に気が付いた。
青街オーナーは黄壱さんに答えてから、「それはそうと…」と言って、私を見てきた。
そしてゆっくりと、黄壱さんと青街さんの座るソファの後ろをまわって、まだ立ったままの私に歩いてくると、
「紅守さん、もしよろしければさっきみたいにハグさせていただいてもいいかしら?」
私に向かって小さく腕を開いてきたのだ。
さっきと同じように、ちょっとだけ首を傾けて、可愛らしい仕草で。
息子の青街さんはハァ…と呆れた様子で顔を逸らしたけれど、私は、さっき感じたあたたかい温もりを思い出し、「……どうぞ」と、さっきと同じように背筋を伸ばした。
何もかもが、さっきのリバイバルだった。
紫間さん、緑堂さん、黄壱さんは、おやおや……という声が聞こえてきそうな顔でこちらを見ていて、他のホテルスタッフと思しき人たちは特出するようなものはなく、ただ日常の和やかな光景を見届けるような微笑を浮かべていた。
「ありがとう。それじゃ、失礼するわね…」
青街オーナーがそう言うと同時に、私は、ふわり、と温もりに包まれる。
…………やっぱりあたたかくて、不思議な安心感があって、ホッとする………
まるで、あの助けを呼ぶ声を聞いた焦りも、それに応えられなかった歯痒さも、警察の人に事情を聞かれる不安も、様々な憂いごとが溶けていくように………
けれど優しく心地良い抱擁は、ほんの数秒ほどの、刹那とも言える短い時間だった。
「………どうもありがとう」
青街オーナーは満足したように、ハグを解いた。
「いえ……私こそ、ありがとうございます」
お礼を口にすると、なんだか変な感じもするけれど、それがしっくりくる今の感想だったのだ。
青街オーナーはふふ…という擬音がぴったりな笑いで、ささやかな意味深長を纏いながら、私の肩をそっと押して、息子である青街さんの隣に座らせた。
そして、これもさっき抱きしめられたときと同じく、
「やっぱりこのバレッタ、とっても素敵ね。紅守さんにとても似合ってるわ」
律ちゃんから貰ったバレッタ……魔法がかけられているバレッタに気をとめたのである。
それが、ただ褒められているだけじゃないことは、今の私はもうわかっている。
律ちゃんがこれを贈ってくれた真意はまだ知らないけれど、何らかの意図があったことには違いないだろうから。
青街オーナーは返事に窮する私に、そっと私だけに聞こえるような小声でさらに耳打ちしてきて。
「大丈夫。この贈り主はあなたの味方ですよ。誰が何と言おうとね」
言いながら、ちらりと隣の青街さんを見るような気配があった。
もしかしたら、我が子の言いそうなことを推察して、私へのフォローのつもりでそう言ってくれたのかもしれない。
だとしたら、読みは大正解だ。
私は律ちゃんを疑った瞬間なんてないけれど、青街オーナーのそのひと言は、私の想いを優しく後押ししてくれるような気がしたから。
青街オーナーはもとの位置に戻りながら「お待たせいたしました」と、誰にでもなく告げた。
すると紫間さんがパン、と手を叩いたのだ。
「それじゃあ、緊急ミーティングをはじめようか」
にこやかな紫間さんに同じ笑顔で返したのは青街オーナーだけで、黄壱さんは笑んでいるのかわかりづらいアルカイックスマイル、他は皆真剣な面差しになり、未明のミーティングが開始の刻を迎えたのだった。




