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「戸籍って……どういうことですか?ひとりめの人も、名前や連絡先が偽物だったんですよね?それとどう違うんですか?」
「ひとりめは連絡先こそ偽物だったが、防犯カメラの画像から追跡して身元特定ができた。だが今回は、チェックイン時に提出された住所も電話番号も名義は女性のもので、ちゃんと実在し、使用履歴もあった。だが女性の失踪後に捜索してみると、データ上は確かにそこに女性が居住しているはずなのに、近所の住人に女性を目撃した者はひとりもいなかった。そこに住んでるはずの女性がどこの誰なのかを知る人間がいなかったんだ。さらに詳しく戸籍まで調べてみると、同姓同名は国内に数名存在しているものの、どれも失踪した女性ではなかった。そして、ひとりめと決定的に違ったのは、防犯カメラの画像からも女性を追跡することができなかったんだ」
「それは………どういうことになるんですか?防犯カメラに映ってなかった……てことですか?」
「ああ。ホテル外の防犯カメラのどこにも、その女性は映ってなかった」
「そんなことができるんですか?」
「カメラに死角がある以上、理論上は不可能じゃない。防犯カメラのない土地だってあるだろうからな。だが、一般的には限りなくあり得ない話だ。ただそれも、”魔法” が絡んでくると話は別になる」
「じゃあ、戸籍は……外国の人だった、……ということになるんですか?」
「いや、それはない。入出国記録、死亡届、婚姻離婚届、そのあたりもMMMは念入りに調べたからな。だが、女性と同じ名前は見つからなかった。少なくとも正規に保存されているデータの中では。つまり、女性もしくは女性以外の何者かが、女性の名で部屋や電気や水道、携帯を契約し、数年もの間その料金を支払い続けていた。そして女性自身は、今の時代に防犯カメラで追いかけることもできないほど、隠れている、もしくは隠されているということになる」
隠されている………
それが意味することに、ゾクリとした。
けれど今は恐怖や不安にさえ割いてる時間はない。
青街さんは言葉の流れを速めて先を急いだ。
「そこに魔法が使われていたかは断定できない。だが、非魔法使いの社会においても複数の法を犯しているのは明らかだった。だから黄壱さんは警察にも捜査を開始させた。MMMは引き続き女性の行方を捜し、同時に魔法使い未満の ”魔法の元” の持ち主に対する安全と保護に全力をあげた。それに該当する俺はホテル ミスルトゥに出入り禁止となり、”未発見” も多く集まるMMMの入社試験は中止、または遅らせる案も出たほどだった。だが結局はMMMが全面的に責任を取るという建前で入社試験は実施されることになった。ところが実施が確定した直後、三度目が起こったんだ」
…………三度目?全員が警戒してる状況下で?
私が驚きを飲み込む傍らで、青街さんはちらりと手首に視線を落とした。
もしかしたら腕時計で時間を見たかったのかもしれないけれど、そこに腕時計はなかった。
さっきシャワーから出たようなことを言ってたから、きっと外してままだったのだろう。
何もない手首を逆の手で握り、青街さんはまた口調を速めた。
「二週間半ほど前、前のふたりと同じく ”魔法” について何も知らない女性がホテルを訪れた。彼女がエントランスに入ったとき、偶然彼女の前で魔法を使ったスタッフがいたんだ。彼女はそれを見てとても驚いていた。スタッフが声をかけると、女性はやはり ”魔法の元” の持ち主だった。スタッフはすぐにオーナーとMMMに報告し、なるべく女性客から情報を聞き出そうとしたが、ちょうどチェックイン客で混雑する時間帯で、ほんの1、2分目を離した隙に、その女性は消えていた。まだチェックインもする前で、彼女がどこの誰なのかもわからずじまいだった。しかもその女性客は、ホテル内のどの防犯カメラにも、一度も映り込んでいなかったんだ」
「一度も……?」
…………防犯カメラの死角を把握していたということ?それとも、防犯カメラの映像を操作されていた………?
私の言葉にしなかった疑問を青街さんは受け取ったのだろう、自身の手首からホテルの方に視線を巡らせながら詳細の説明をくれた。
「ホテル内の防犯カメラは、客室や更衣室、トイレといったプライベート空間以外は、ほとんど死角らしい死角は存在しない。それに、女性客はエントランスで実際に確認されている。にもかかわらずどこにも見切れてもいないのは明らかにおかしい。だが、警察がカメラの映像をいくら調べても、改ざんされた形跡は見つからなかった。MMMが調べても同じ結果だった。”魔法” の痕跡はあるものの、うちのホテルで使用されている以上、”魔法” の気配が残ってしまうのは致し方がない。そうなってくると、この三人目に関しては完全にお手上げ状態になった。目撃したのは当時エントランスにいたスタッフ数名と、たまたまその女性を見かけて憶えていた常連客だけだからな」
「お客様も目撃してらしたということは、一人目のときとはまた事情が違いますよね?」
「そうだな。一人目のときはスタッフの証言のみだったからな。その代わり防犯カメラに女性客の姿はしっかり映っていた。二人目のときは、外の防犯カメラでは見つからなかったが、ホテル内のカメラには映っていた。そして今回は、どちらのカメラにも映っていなかった。まるで徐々に手がかりを削られていってるようで、不安を訴えるスタッフも出はじめた。だが誰にも被害が及んでいない以上、三人目の件については警察の捜査は行われず、MMMも調査するのかしないのか煮え切らない反応だった。ただホテルエントランスに一瞬姿を現わしただけだと言われたらそれまでだが、問題はそこじゃない。”未発見” でありながらも瞬間的にホテルから姿を消せたということは、”転移の魔法” を使える、比較的力の強い ”魔法使い” がバックにいるということだからな。一人目の ”封印” のこともあるし、誰もが、単なる愉快犯だとは思えなかった。そうこうしてるうちにMMMの入社試験が近付いてきて………」
話している途中で、青街さんは片耳を押さえだした。
「………………わかった。今戻る」
短く応答し、耳を離す。
おそらく向こうからの呼び戻しだろう。
確かに、そろそろ3分が過ぎる頃だ。
「ここまでだな。大体は伝えたが………最後にひとつ言っておく。これはあくまでも俺の考えだが………」
青街さんは少し躊躇するような素振りを見せたが、すぐにそれを振り払って私に歩み寄ってくる。
「MMMは、俺たちを囮にするつもりなのかもしれない」
「……囮?」
「そうでも考えないと、今年の二次試験を敢えてここで強行するなんてあり得ないだろう?俺やあのお嬢様はともかく、あんたたちみたいに ”魔法” に不慣れな人間を、立て続けに失踪者が出てるこのホテルに滞在させるなんてどうかしてる。しかも明日以降にはノンカード組も合流予定なんだからな。なおさらあり得ない。例え以前から決まっていたとしても、受験者の安全を考えたら場所を変えるはずだ。それに……」
心なしか声のボリュームを深夜レベルよりさらに下げた青街さんは、ゆっくりとホテルに向かって歩きはじめた。
「あんたが会ったという、例の元社員も関与してるかもしれない。だとしたら、そいつを知っていたあの紫間という男も怪しくなってくる。だから俺は、あんたに、あの男には気をつけろと言ったんだ」
青街さんの忠告は、あくまでも青街さん個人の推測によるものだろうけど、筋はしっかり通っているように感じた。
私は、さっき聞こえてきた助けを求める声に後ろ髪引かれつつも、今は青街さんのあとに続いた。
そして青街さんの隣に並んだとき、もう一段階下げた声で青街さんが告げたのだ。
「ホテルに戻ったら、今の話の登場人物が勢揃いしてるはずだ。だが、そいつらとの会話には慎重になった方がいい。馬鹿正直にぺらぺら話しても、あとで利用されたり危険にさらされたりするかもしれないからな。自分の身は自分で守れ。”魔法” が使えないなりに、警戒はしろ。幸い、少なくともそれを身に着けている限りは、考えを読まれる心配もなさそうだしな」
青街さんは私の手首につけた石のブレスレットを指差した。
「俺を信じろとは言わないが、誰彼構わず信用するのはやめておけ。あんたにその髪飾りを贈った人間だって、信じ切るのは危険だ」
「―――っ?」
唐突に律ちゃんの話題をぶつけられて、ビクリと心臓が大きく震えた。
「あんたのことを想ってそれを渡したのだとしても、それ以外の意図がなかったとは言い切れないだろう?あんたの味方には違いなさそうだが、完全に信用して何でもかんでもしゃべらない方がいい。まあ、あんたが例え裏切られてもそいつを信じたいっていうなら別に構わないが」
青街さんは小声で話しているのに、どうしてだか私にはとても大きく聞こえてきた。
まるで、これこそが、青街さんが私に一番伝えたかったことのように感じられたのだ。
そしてそう感じたとき、青街さんへの違和感を解く糸口を見つけた気がした。
「だから……」
私の呟きに、青街さんが足を止めて振り返る。
「何だ?」
ホテルの入口はすぐ目の前だけど、私はなぜだか、どうしても今訊いておかなければと思った。
「………だから、青街さんはずっと無口な振りをしていたんですか?」
MMMコンサルティング本社での青街さんは、ほとんどしゃべらなかった。
なのに、二次試験場所のここホテル ミスルトゥに来てからは、特に私とふたりきりの今は、まるで別人のようにすらすらと話してくれている。
”魔法” に関しての話は饒舌になるのかもしれない………最初はそう思ったけれど、それならMMMコンサルティング本社でもそうしていたはずだ。
でも、そうはならなかった。
なぜ?
私は、その答えは、青街さんが今訴えていた、MMMコンサルティングや紫間さんへの不信感にあるように思えたのだ。
すると青街さんは再び前を向き、私から顔を背けたままぽつりと言った。
「………ルイでいい」
「……はい?」
よく聞こえなくて、青街さんに一歩近づく。
「名前だ。ここには青街という名前が俺以外にふたりもいるからな。それに、あの紫間という男からも、同期どうしで打ち解けるように指示が出ていただろう?」
そこまで言われて、ようやく、”ルイ” というのが青街さんの下の名前だったことを理解した。
けれど、私の質問の答えにはなっていなくて。
「あと、敬語もいい加減に……」
「私の質問には答えてくれないんですか?」
青街さんの言葉に重ねて問うと、青街さんはちらりと横顔を見せた。
陰になっていて、その表情まではクリアに見えない。
「…………悪い。今は言えない。だが…………そうだな、あんたが俺に敬語なしで会話できるようになる頃には、もしかしたら話せるかもな」
そう言って、またホテルに歩き出した青街さん。
「待って、まだ話が……」
青街さんは追いかける私にパッと一瞬だけ顔を向けて
「MMMに入るなら憶えておいた方がいい。プライベートなことに深入りするな。それが ”魔法の元” に関することなら、特にな。あんたはどうか知らないが、”魔法の元” なんて、人によっちゃ大きなアキレス腱の場合があるからな」
早口に告げると、歩く速度も上げたのだった。
確かに、魔法使いとか非魔法使いとか関係なく、プライベートなことを尋ねるのは要注意だとは思う。
もし私が青街さんのそれに踏み込み過ぎたのなら、しっかり反省しなくちゃとも思う。
でも、いったい何が彼のアキレス腱だったのだろうかと、よけいに気になってしまったのも事実だった。
私は、追いかける長身の後ろ姿が、今までとほんの少し違って見える気がしていた。




