2
「ただ、そうだとしても万が一ということもある。オーナーはひとまず女性客の自宅に連絡してみた。だがさっきも言ったように、連絡先は全部でたらめで、名前さえ怪しく思えた。だったら、彼女が話した内容も疑わしくなってくる。急に複雑になってきた事態に、これはMMM案件だと判断したオーナーは、すぐにMMMに相談した。そうしたら、あっという間に女性客の居所を突き止めることができた。やはり彼女は偽名だった。だがそれ以上に想定外のことが起こっていた。彼女は、ホテル ミスルトゥのことをきれいさっぱり忘れていたんだ」
「忘れて……って、まさか ”魔法” で………?」
青街さんは足元に視線を落としながら頷いた。
「MMMの調査では、そう断定された。一定時間は ”魔法” の影響下にあった…つまり何らかの ”魔法” をかけられた気配が残るからな。少なくとも、MMMの社員が彼女をチェックする前に、何者かが彼女に ”魔法” を使ったのは間違いなかった。それが記憶消去なのか、”転移の魔法” なのか、それとも全然違う別の ”魔法” なのか、そこまでは不明だったが、MMMからは、”転移の魔法” だけでは足りないほどの強い ”魔法” の気配があったと報告された。しかも、彼女から消えていたのは記憶だけじゃなかったんだ」
「記憶以外にも………?いったい何がなくなってたんですか?」
ホテルに持ってきてた荷物から、何か消えていたのだろうか?
私の想像力ではせいぜいその程度しか思いつかない。
青街さんはゆっくりと頭を上げ、私に視線を寄越しながら答えた。
「”魔法の元” だ。彼女からは ”魔法の元” を感じられなくなっていた。たった一晩のうちに、彼女は非魔法使いになっていたんだ」
「え……?そんなことってあり得るんですか?」
「たった数時間で、自然に、跡形もなく消滅することはない。明らかに何者かによって消されたんだ。……憶えてるか?MMMの医務室で、紫間という男から聞かされた ”封印”のことを」
封印………確か、”魔法” や ”魔法の元” を消滅させる魔法だ。
私は「はい……」と返した。
「一部の魔法使いにしか使えない、特別な魔法なんですよね……?」
「ああ。魔法使いのエリート集団のMMMでも使える者は限られているし、もし使用した場合は報告義務があるらしい。それほど高度な魔法を、MMMの管轄外の魔法使いが使用した………これは、MMMにとっても魔法使いの社会においても重大な出来事だった。でも問題はそれだけじゃない。今やMMMはこの国にとってなくてはならない存在だ。MMMの社員でなくても、今の社会を裏から支えてる魔法使いは大勢いる。そんな状況で、万が一、魔法を消されたりしたら、どうなると思う?」
「どうって………大変なことになるんじゃ……」
「大混乱だ。困るのは魔法使いだけじゃない。より多くの被害が出るのは、間違いなく非魔法使いの方だ」
青街さんは、また淡々と告げた。
でもそれは、どうにか感情を堪えているようにも見えた。
今の青街さんには、例えるなら、人工的な無感情の片鱗が見えた気がしたのだ。
けれどだからといって、今の私には、青街さん個人にそこまで注意を割く余裕はなくて。
ただただ、青街さんからの説明を理解しようと頭を働かせるばかりだった。
…………大混乱?
…………そんなになるほど、この世界には ”魔法使い” や ”魔法” が関わっていたの?
…………一般の人の知らないところで?
…………私の、知らないところで?
「そんなに………」
思わずこぼれていた呟きに、青街さんは「そんなに、だ」とオウム返しで答えた。
「だからMMMもすぐに動いた。だが、あくまでも、その女性客が ”魔法の元” の持ち主だったと証明できるのは、ホテルスタッフの証言だけだった。ホテル内の防犯カメラで彼女の宿泊自体は確認できたものの、会話までは記録されていないし、MMMの調査でもそれらしい物証や証言は出てこなかったんだ。ホテル ミスルトゥを訪れ宿泊したこと、身分を偽装していたこと、何らかの手段でホテルから自宅に戻ったこと、ホテルに関する記憶を失っていること、何者かに ”魔法” をかけられていたこと……彼女について明確になっていた事実は、それだけだ。これらだけでもMMMがマークするにはじゅうぶんだ。だが、非魔法使いの関係各所に報告する段階とまでは言えなかった。そこでMMMはあくまでも一部にのみ、非魔法使いにも内々でこの情報を共有した。その中には内閣府、警察庁、公安調査庁といった、この国の安全にかかわる部署もあって、さっき名前が出た黄壱さんもそのひとりだ」
「待って、内閣府ということは、総理大臣も……?」
スケールの大きさに改めて驚いていると、青街さんは何を今さらとでも言いたげな目を向けてきた。
「MMMに入るなら、総理大臣程度でいちいち構えてたら身がもたない」
高身長の青街さんにじろりと見られると、なんだか責められてるような錯覚もしてくるけれど、確かに、紫間さんの話では、”魔法使い” でも上層部にいる人と政府の繋がりは想像に難くない。
昔は ”魔法使い” が戦争に利用されたり、そのあとの交渉を国側と行ったというのだから。
そして魔法使いと非魔法使いの共存のために設立されたのがMMMコンサルティングなのだから。
青街さんはふいっと私から目を逸らし、続ける。
「報告を受けたからといっても、”魔法” に関する案件ではどの部署もどうすることもできない。ただ治安維持の面から、警察側で最も ”魔法使い” とパイプの太い黄壱さんだけは動きはじめた。もともとMMMの幹部や、比較的影響力のある魔法使いと付き合いが深い人だったから、動きやすかったんだろう。俺の親とも親しかったし、俺も何度か会ったことがあった。だがその黄壱さんも、内々の報告で具体的な被害が出ていない以上、非魔法使いの警察は動かせないと判断した。黄壱さんは非魔法使いだが、オーナー同伴のもと、一応はホテル内の調査も行った。”設定魔法” を調整すれば非魔法使いでもホテルを認識できるからな。でも何も手がかりは見つからなかった。スタッフの証言を疑うわけじゃないが、奇跡的にいくつかの偶然が重なった結果…ということも考えられはじめた。だが………また同じようなことが起こったんだ」




