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「二か月前、ホテル ミスルトゥからひとりの宿泊客が消えた」



青街さんは淡々と告げながら、ホテルを背に歩き出し、木々の茂る森に足を踏み入れた。


私はそのあとに続いて深夜の森の匂いを深く嗅いだ。


地面の色が変わってから数歩ばかり進んだところで、青街さんは立ち止まり、半分だけ振り返って、その肩を手近な木の幹にもたれさせた。



「その宿泊客はひとりで泊まっていた女性で、一泊した翌朝、忽然と姿を消した。それに気づいたスタッフが、チェックイン時に提出された連絡先を当たってみたところ、電話番号も住所もでたらめだった。だがここまでは、時どき発生するケースでもあった。うちは魔法使い専門のホテルだからな。本来は清算前の使用を控えるように案内しているが、 ”転移の扉” を使って忘れ物を取りに戻ったり、所用でホテルを抜け出す者も少なくはなかったんだ。連絡先の偽装だって、ごく稀に起こる。魔法使いのホテルなんて特性上、俗に言うワケあり客も紛れ込んでるからだ。万が一そういう事態になっても、MMMに相談すれば問題ない。MMMが動けば偽装なんて関係ないからな。だが今回は、今までにないケースだった。その女性客が、魔法使いではなかったんだ」

「え………?」



思わず声を漏らしてしまった私を、青街さんは横目でちらりと掠め、まるで私の驚きに同意するように息を吐きながら、また腕を組んだ。



「正確には、まだ(・・)魔法使いではなかったんだ」


「まだ(・・)………ということは、私たちと同じような立場……?」


「ああ。”魔法の元” の持ち主だった。うちのホテルは魔法使いにしか認識できない ”設定魔法” がかけられているが、まだ正式な魔法使いになってなくても、一定以上の魔法の力があれば、俺やあんたみたいに認識することも宿泊することも可能だ。だがそれは、あくまでもこのホテル ミスルトゥの存在を知っているのが大前提になる。こんな山奥の森の中にあるホテル、仕事帰りや散歩途中に偶然見かけて立ち寄る…なんて絶対に不可能だからな。ここを目指して来なければ辿り着けるわけもない。だから例え ”魔法の元” を持っていても、このホテルの存在を知らなければ訪れることは無理ということだ。つまり、その女性客は、何者かによってホテル ミスルトゥのことを教えられ、宿泊したということになる」



青街さんの説明は、ここでも隙がない。

感情を伏せた語り方のせいか、はじめて聞く話ばかりでも、非常にわかりやすかった。



「実際にその女性客は、チェックイン時、このホテルのことを、ある人物からすすめられたと言っていたらしい。彼女と話したスタッフはこのチェックイン時のひとりのみだが、そのスタッフによると、女性客は ”魔法” のことも、自分に ”魔法の元” があることも何も知らなかったそうだ。……さすがにこれは、極めて異例なことだった」



それまで淡々と続いていた青街さんの説明に、わずかに陰りが横切った。


残念ながら ”魔法” に関する知識が乏しい私には、事の深刻さを完璧には理解できないけれど、”魔法” も ”魔法の元” も知らない状態でこの魔法使いのホテルを紹介されることの異質さは感じ取れた。




…………いったい何のために、その女の人をホテル ミスルトゥにすすめたんだろう?




当然、その人物は魔法使い、もしくは魔法をよく知る人物に違いない。

そしておそらく、女性が ”魔法の元” の持ち主であると見抜いていた。

でもそれなら、その人物が ”魔法” について教えているはずではないだろうか?


そんな私の疑問は、青街さんの続きによって瞬く間に解消となった。



「女性客と話したスタッフは、あまりに魔法に不慣れな彼女に違和感を覚えたそうだ。その女性は通常のチェックインよりかなり遅めにやってきて、ちょうどフロント作業も落ち着いていたことから、スタッフは色々と質問してみたらしい。そこで聞いた話によると、その女性客は普段から自分が周囲の人間とどこか違っていると悩んでいたところ、ある人物から、『きみみたいな人が集まる場所があるから、そこに行ってみたら悩みを解決できるだろう』とアドバイスされたそうだ。それで、その人物からここの住所を聞き、思い切って来てみたようだが、ここがホテルだと知って驚いていたらしい。接客したスタッフは女性が非魔法使いでないこと…つまり、女性の中に ”魔法の元” があることは確認できたと言っているから、彼女はいわゆる ”未発見” だった可能性が高いだろうな」


「”未発見”……」


「”魔法の元” を持ちながら、魔法のことも、自分が魔法使いになる素質があるということも知らない者のことだ。MMM本社で説明もあったように、”未発見” の保護は、MMMの大きな役目のひとつにもなっている」


「じゃあ、その女の人にここを教えたのは、MMMコンサルティングの方だったんですか?」



そう考えるのが妥当だろう。

ところが青街さんは「いや…」と首を振った。



「そうとは断定できない。スタッフはそこまで聞いたわけじゃないし、仮にMMMの社員がその女性に接触していたとして、なぜ魔法のことを打ち明けなかったのかという謎が残るからな。なにもこの国の魔法使いすべてがMMMの社員でもないわけだし、MMMとは関係のない魔法使いが、親切心で彼女にアドバイスした可能性は否定できない。ただもしそれなら、事前にうちに…ホテル側に、何らかの報告があっても良さそうなものだ。うちをはじめて訪れる場合、ほとんどが誰かの同伴、紹介になるが、前以て連絡を入れておくのが常だからな。それを知らないということは、うちのホテルを利用したことのない人物…ということになる。ただそうだとしても、まだおかしな点が………まあ、今はそこは置いておくとして、ともかく、非常に注意が必要な宿泊客ということで、スタッフはオーナーに報告をあげた。あいにくそのスタッフの魔法の力はそこまで強くなく、それ以上の情報を自ら探ることは不可能だったんだ。だがオーナーは別の仕事で出ていたこともあり、翌日、改めてオーナーが確認の意味で女性を接客することになった。だが翌朝、女性客が食事の時間になっても部屋から出てこないので、オーナーである俺の母親が様子を見にいったところ、部屋には姿がなかった………」


「………朝になる前にホテルから出ていった、ということですか?」



青街さんはこの問いにも「いいや」と首を振る。



「ホテルの出入り口には、さっきあんたにも説明したように、魔法が仕組まれている。宿泊客がホテル側に悟られずに出ていくことは、”魔法” でも使わない限り不可能だ。だが彼女が好き勝手に ”魔法” を使えたとは到底考えられない。だからホテル側はまず、何者かに連れ去られたと考えたんだ」



連れ去られた…………


その言葉は、いっきに事件の香りを連れてきたようだった。










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