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気付くと、青街さんの顔のアップが目の前にあった。
「―――っ!」
びっくりして、顔をのけぞった私に、青街さんはもう一度「大丈夫か?」と訊いてくる。
「大丈夫……です、けど………」
「黙り込んだと思ったら、急に力が揺らぎはじめたんだ」
青街さんが一歩さがって私を観察するように目線を上下させた。
「力って、魔法の…ですよね?」
「ああ。何があったんだ?」
「何って……別に何も」
ただ、警察から事情を聞かれることになって緊張しはじめただけだ。
すると、察しの良い青街さんがそれを言い当てたのである。
「ひょっとして、刑事に質問されることに強い不安を感じたりしたのか?」
「………確かにそれはあります」
青街さんは私の返事を聞くなり、ホッとしたように息を吐いた。
「それなら、まあ、仕方ないかもしれないな」
「どういうことですか?」
「魔法は感情に左右されることが多い。プラスでもマイナスでも感情が大きく動いたとき、大なり小なり力にも変化が起こるんだ。といっても、ほとんどの場合、それは自分でコントロールできてるはずだ。よほど大きなものでない限りはな。少なくとも、ある程度魔法に慣れていけば、自ずとコントロールできるようになる。子供の頃は感情のままに泣き叫んでも、大人になれば自然とそういうこともなくなるだろう?そんな感じだ。ただアンタの場合は持ってる力そのものが大きいから、その分揺れ幅も大きくなったのかもしれないな」
まあ、よくあることだ。
青街さんはそう結んで、また歩き出そうとしたけれど、ふと、足を揃える。
「…………もしかしたら、さっきのあんたの力の揺れを、あの紫間という男も察知したかもしれない」
「え…それって、近くにいなくてもわかるものなんですか?」
紫間さんはホテルにいるはずだ。
あの地震…侵入者に気付いているかどうかはわからないけれど、紫間さんのことだから、当たり前のように気付いているような気もした。
青街さんは私をじっと見据えて教えてくれた。
「人にもよる……いや、正確には人というよりも、それぞれの力の強さによる。察知する側の力が強ければ、感知範囲は広くなるし、逆に力を揺らす側の力が強ければ、遠くにいる者や、そこまで力が強くない者にも気付くことは可能になる。あんたの力は言うまでもなく、あの紫間という男もMMMで一番の力の強さだ。もし他の二次試験参加者や宿泊客が気付かなかったとしても、あの男だけは感じ取っている可能性は高いだろうな。だとしたら、色々とあんたに探りを入れてくるに違いない。でももし何か訊かれても、適当に誤魔化しておくのが賢明だ。さっきも言ったが、あの男には、」
「「気をつけろ」」
私はさっき言われたことをそのまま口にした。
きれいに重なったセリフに、青街さんは一瞬表情が動いた。
けれどすぐに、「わかってるならいい」とクールに吐いて、またホテルに戻りはじめたのだ。
無口だと思っていた青街さんは、こと魔法関連についてはきちんと説明してくれる。
私に話せることと話せないことを明確に線引きしているのだとしても、今の流れなら、他の情報も聞き出せるかもしれない。
私はこの機を逃す手はないと、急いで青街さんの背中にぶつけた。
「紫間さんはいったい何の嘘をついてるんですか?」
青街さんの肩が微かに上下した。
そしてゆっくりと、殊更ゆっくりとした動きで振り返って、やはり観察するように私をじっと見つめると、「あの男は、知ってるのに知らないフリをした」と告げた。
「………何のことですか?」
「あんたが会ったという、自称MMMコンサルティング社員のことだ」
「あの、”転移の扉” が勝手に閉まったときの……?」
「そうだ。そのとき…あんたがひとりでいるときに会って話したという人物について、故意か偶然かあんたは性別を定めずに俺たちに伝えてきた。にもかかわらず、あの紫間という男は、その人物が男だと断定したように、”彼” と言っていたんだ」
「………っ?」
思わぬ指摘に、返事に詰まる。
…………本当に?本当にそう……だった?
記憶を辿ってみるも、そこまでのクリアなディテールを刻んではいなくて。
そんな私の半信半疑の顔色は、青街さんの苦笑めいた吐息を誘った。
「あんたが覚えてなくても無理はない。俺はその不審人物の情報が一切ない状況だったから、いきなり ”彼” と言ったあの男の不自然さに気付いただけだ」
「それは……間違いないんですか?」
「ああ。『彼の名前は聞いたのかい?』あの男はあんたにそう訊いた。俺が信じられないならそれでもいい。小説のページをめくって読み返すみたいに、過去を見に戻ることは、魔法でも不可能だからな。俺はただあんたに訊かれたから事実を答えたまでだ。俺はあのとき、その自称MMM社員の情報を少しでも聞き出そうと、あんたの説明に注意を注いでいた。だからあんたがなかなか性別を明かさないなと思いながら聞いていた。なのにあの紫間という男は ”彼” と躊躇わずに告げたんだ」
そこまで言い切られてしまうと、記憶があやふやな私が覆すことはできない。
だけど、律ちゃんと親しい人を頭ごなしに疑ってしまうのも、まだ尚早に思えた。
「でも……単に言い間違えただけかもしれませんよね……?」
「確かにその可能性は否定できない。だが結果的に、自称社員はあの男の知ってる人間だった。それなら、単純な言い間違いやただの偶然と考えるよりも、あの男は自称社員の正体を最初から知っていたのに、それを俺たちに教えなかった……と考える方が自然だろう?なんなら、その自称社員が今夜ここに現れることを知っていた可能性だって出てくるんだからな。もしかしたら、偶然を装ってあんたに会わせたのかもしれない………」
「私に会わせた………?」
…………いったい何のために?元社員の人と私を会わせて、何の意味があるの?
そんなの1mmだって想像してなかったけれど、もしそうなら、あの王子様みたいな人との初対面も偶然じゃなかったということになる。
MMMコンサルティング本社に向かう途中の信号待ちでの出来事だ。
確かにあの人は初対面のときから私のことも律ちゃんのことも知っていた。
なのに、律ちゃんの方は心当たりがなさそうだった………
「まったく迷惑な話だ。何企んでるのか知らないが、うちじゃなく、どこかよそでやってくれ」
憎々しげにそう言った青街さんは、腕を組んで、さっき ”転移の扉” があった方向を睨んだけれど、ふいにその視線を私に戻した。
「………俺は最初、あんたのことも疑ってたんだ」




