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そう言って青街さんはくるりと踵を返した。
「待ってください。もうちょっとだけ探してみても…」
せめてこの辺りだけの捜索でもさせてほしいという訴えは、無言で却下されてしまう。
来たときとは反対に、私の前をさっさと歩いていく青街さん。
私はその背中を追いかけながら、急速に苛立ちが膨らみはじめていた。
さっきも今も、匂わすだけ匂わせておいて、結局は大事なことを何も教えてくれない。
警察とか、刑事とか、紫間さんを信用するなとか、深入りするなとか、あまりに小出しすぎる情報は勿体ぶってるようにも、私を焦らして試しているようにも思えてしまう。
でも私が一番気がかりなのは………
「本当に、助けを求めてた人を探さなくていいんですか?」
深夜には不似合いなボリュームで、青街さんを引き止めた。
「すごく……すごく辛そうな声だったんです。男の人か女の人かわからなくても、今すぐ助けにいかなきゃ危険なんじゃないかって思うほどに、痛そうな声だったんですよ?青街さんが言うように、もしかしたらフェイクなのかもしれませんけど、でももし本当に怪我をしてたら?取り返しがつかなくなったらどうするんですか?」
地震は起こっていなかった。
だから当然、地震で一般人…非魔法使いが怪我をしてるわけじゃない。
もしかしたらあの声はフェイクで、相手は私たちを騙そうとしているのかもしれない。
でも、そうじゃなくて、本当に誰かが大怪我をしているのかもしれない。
もしかしたら瀕死の重傷なのかもしれない。
明らかになっている事実と可能性を並べても、それでも私たちが捜索を中断する理由には相当しないと思った。
だって、ひとりの人間の命がかかってるかもしれないのに。
私は声の温度で懸命にそれを伝えたけれど、青街さんはたったひと言で全否定してきたのである。
「そうはならない」
「え……?」
「あんたに聞こえて俺に聞こえなかったということは、そこには絶対に何らかの魔法が使われているはずだ。もしその人物が命にかかわるような重体だったら、そんな緻密な魔法は使えない。仮に、あんたみたいに魔法に目覚めたばかりで使い方を知らない者が偶然そんな高度魔法を発動してしまったのだとしても、それならこうも完全に魔法の気配を消してしまえるなんてあり得ない」
「それって、つまり……」
「つまり、可能性として高いのは、俺たちを騙そうとしているか、力を振り絞ってあんたに助けを求めたものの、それで力を使い切って一時的に眠っているか………このふたつのどちらかだろう」
「でも、後者ならすぐに助けが必要なんじゃ…」
「その心配は無用だ」
「え……?」
「あんたもさっき聞いただろう?魔法使いや魔法の元の持ち主は、近くに魔法使いがいると治癒力が高まる。多ければ多いほど、その速度は増す。そしてここは魔法使いのたまり場だ。もし今現在その声の主が瀕死状態だったとしても、夜が明ける頃には普通に会話できる程度には回復してるだろう」
青街さんの説明は完璧な理論で、針の先で突くほどの隙もなかった。
そしてとどめだと言わんばかりに、青街さんは断言した。
「あんたの心配するような、取り返しのつかないことにはならない。絶対に。その人物は、絶対に、死ぬことはない」
だからここは一旦引き上げよう。
そう言外に滲ませた青街さんは、私の返事を待たずにまた歩き出した。
「あ……待って、待ってください」
完璧な論理武装で完膚なきまでに説かれた私は、青街さんを追いかけるしかなかった。
けれど、青街さんはまた耳を押さえていて。
「該当者は見当たらなかった。ひとまず今戻ってる」
足を止めずに誰かに報告していたものの、
「え、もう?早いな」
意外そうな声をあげた。
そして「………わかった。急ぐ」と応答するや否や、半分だけ身をひねって私に振り向いた。
「もう警察が来てるらしい。急ごう」
「え、警察って、さっき言ってたばかりですよね?」
「ああ。おそらく ”転移の魔法” を使ってこちら側から迎えに行ったんだろう」
歩くスピードをアップさせた青街さんに合わせて、私も小走りになる。
でも、それはあくまでも私に無理のないスピードアップだった。
「……キイチさん、と仰る方ですよね?」
「ああ。おそらくその人から色々事情を聞かれることになると思う」
「でも、助けを求めてた人は見つからなかったのに………」
「構わない。あんたが聞いたことをそのまま伝えたらいい。非魔法使いだけど魔法には理解の深い人だから」
…………まさか、こんなタイミングで人生初の刑事さんに事情聴取されるなんて。
今まで事件めいたことに遭遇する機会は皆無で、だから私は、これから警察に話を聞かれる……それだけで緊張してくる気がしていた。
すると、少しは私に気を遣ってくれたのか、青街さんが「大したことは質問されないはずだ」と、ぽつりと言った。
…………大した質問をされても、今の私には答えようがないけど…………
ただ、私が警察と聞いて身構えてしまうのは、あの事故を思い出してしまうせいも、あるのかもしれない。
律ちゃんに助けてもらったうち、二度めの交通事故の方だ。
一度目の転落事故と違い、加害者のいるこちらは、保護者付き添いのもとではあったけれど、警察からいくつもの質問を受けたのだ。
考えてみれば、相手は刑事ではなかったものの、あれも一種の事情聴取だった。
…………律ちゃん…………
ふいに、律ちゃんの顔が頭に浮かんでくる。
緊張や不安に揺れたり、恐れたり怯んだり、あるいは事故を思い出して感情が乱れてしまいそうになるとき、律ちゃんを想うと、それだけで心は強くなれた。
…………律ちゃん。
もう一度、心の中で名前を呼んだとき、唐突に、肩を揺らされた。
「おい、大丈夫か?」




