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私はそれを、聞き間違いだと思った。
扉が軋む音のせいで、よく聞こえなかったと思ったのだ。
「え?今、何て……」
「あんたがさっき地震と感じたものは、地震じゃない」
青街さんはもう一度同じことを口にすると、ホテルの壁沿いに歩き出した。
「え……?ちょ、ちょっと待ってください!地震じゃないって、どういう意味なんですか?」
私は青街さんを追いながら、深夜という時間帯で可能な限りの声を張った。
「そのまんまの意味だ。地震じゃなかったということだ」
「そんな言葉遊びを聞きたいんじゃありません!地震じゃなったら、何なんですか?どうして揺れたんですか?それに、今どこに向かってるんですか?」
青街さんの足取りは確固たる目的地があるようにしか見えない。
でも私は、その方向に、私たちの利用している客室があることに気付いていた。
つまりそれは、あの助けを求める声がした辺りでもあったのだ。
青街さんは私を振り向きもせず、「震源地だ」と短く答えた。
「震源地?地震じゃないって今言ったばかりなのに?」
投げてこられた会話のボールを咄嗟にはじき返してしまった私は、言葉遣いに気をまわしている余裕はなかった。
すると、明らかに非難色濃厚だった私のセリフにもかかわらず、青街さんはフッと笑うような息で返してきたのだ。
「そっちの方がいいんじゃないか?」
「はい?」
「敬語。使うなって課題が出ただろう?」
「あ………それはそうですけど、今はその話じゃなくて、」
「あれは地震じゃない。魔法だ」
私の質問を奪い取って答えた青街さん。
驚いて一瞬足が揃ってしまった私を置き去りに、青街さんは足を止めず、慣れた足取りでどんどん進んでいった。
私は慌てて小走りで彼を追いかけた。
「待って、………魔法?」
「そうだ。あんたも説明を受けただろう?このホテルは魔法使いや限られた人間にしか辿り着けないし認識もできない、そう ”設定魔法” がかけられている」
「それは聞きましたけど……」
「設定魔法にも色々あって、うちの場合は、その有効範囲に招かれざる客が侵入してきた場合、それを知らせるようになっている。さっきあんたが地震だと思ったのは、それだ」
「え………?」
…………そんな自然現象まで、魔法で起こせてしまうの?
あまりにスケールの大きさに、つま先から力が抜けてしまいそうな、不安や怖さみたいなものを感じた。
そのせいで言葉を失ってしまった私を、青街さんはどう受け取ったのか、「あんたが不思議に思うのもわかる」と、ちらりと顔をまわしながら言った。
「……え?」
「地震と勘違いするような揺れがあったのに、他の宿泊客やホテルスタッフが部屋から出てこないのかが気になってるんじゃないのか?」
「それは、……確かに、私しか地震に気付いてなかったのかとも思いましたけど………」
「それはある意味正解だ」
青街さんはまた前を向いて告げた。
「え?」
前を向いたことで青街さんの低い声が遠くなってしまい、じゅうぶんに聞きとれなかった私は、急いで青街さんの真横に並び、高い位置にある彼の顔を下からのぞき込んだ。
すると青街さんはわずかに身じろぎして、じろりと私を見てきた。
「だから………あんたしか気付いてないっていうのも、あながち間違いじゃないって言ったんだ」
「………どういう意味ですか?」
「あれは、わかる者にしかわからないように設定されている。そうしないと、侵入者があるたびに今のあんたみたいに避難騒ぎになる。こんな山奥なんて、不法投棄や季節外れの肝試しの連中が定期的に出てくるからな。ホテル関係者、警備関係者、他、あらかじめ知らせておくべき人物。もしそれ以外に察知できたのだとしたら………その人物は相当魔法の感受性が高いか、魔法の力そのものが大きいかのどちらかだ」
「魔法の力………」
今日何度も聞いてきたワードが、ここでも再登場だ。
私は、未だ自覚ゼロのそれに、もうこのままずっと翻弄され続けるのだろうか。
それほどのものなのだろうか……?
「ああ。だから他の宿泊客には認知されなかった地震に似た揺れも、力の強いあんたは察知したんだろう。………もしかして地震を感じたとき、その髪飾りは外してたのか?」
クイッと顎を動かして私の後頭部にあるバレッタを指してくる青街さん。
「そういえば………髪から外して、手で持っていた……と思います。それでそのままソファで寝落ちしちゃってて………」
「ということは、髪からは外したものの、一応は体に触れていたことになるな………だとしたら、やっぱりそれは、あんたの力自体を抑えることはできないみたいだな。あくまでも、あんたの力の強さを知られにくくするための ”認識阻害の魔法” がかけられてるんだろう。つまり、このホテルに設定された魔法と同じ種類の魔法だ。で、それを渡してきた相手と連絡はとったのか?」
「あ……いえ、まだ………」
律ちゃんの穏やかな笑顔が浮かんでくる。
けれどそのとき、風に乗るように微かに、遠くの方からあの声がまた聞こえてきたのだ。
「…………ケ、テ…………」
「―――っ!!」
「どうした?」
その場に止まり、辺りをきょろきょろ見まわしはじめた私に、青街さんがトーンの変わらない声で尋ねてくる。
「しっ!静かに!」
私は囁き声でそう制し、なおも左右、それから上方向にも視線を巡らせた。
けれど、青街さんが黙ってくれたにもかかわらず、あの声はもう聞こえてこなかったのだ。
…………今の声、さっきよりも弱弱しくなってなかった?
地震で怪我をした人がいると思ってたけど、あれが地震じゃなかったのなら、魔法関連で怪我をした人なのかもしれない。
そしてその人の声が、だんだん弱ってきている。
…………こんな悠長に話をしている場合じゃなかった、急がなきゃ!
その焦りに駆られた私は、青街さんを置いて走り出していた。
けれど
「おい!どこ行くんだ!」
すぐに追ってきた青街さんに、すごい力で腕を掴まれてしまう。
私は反動で体をひねりながら
「はやく行かなきゃなんです!助けてって、誰かの声がしたんです!」
焦燥感丸出しで訴えた。
その刹那、青街さんは眉をしかめた。
「は?それ本当か?」
さすがの青街さんも、焦りの表情を見せてくる。
「本当です。さっき地震の直後に部屋から窓をのぞいてるときに聞こえたんです。だから私、外に様子を見……」
「緊急事態だ」
「……はい?」
私の説明を遮って呟いた青街さんは、私を捕まえていない方の手で耳を押さえて、ホテルの方に顔を向けていた。
「………そうだ。侵入通知直後に救助を求める声を聞いたらしい」
「え……?」
私のことを報告しているようなセリフに戸惑うも、耳を押さえて誰かと会話しているような青街さんの姿は、イベントやテーマパークなんかのスタッフがインカムで連絡を取り合っている姿と重なった。
「………そうだな。キイチさんにも知らせておいた方がいいと思う。ともかく俺はこのまま現場に向かう。そっちは引き続き待機しててくれ」
そう言い終わると、青街さんは耳から手を離した。
私はすかさず訊いた。
「あの、今の何なんですか?キイチさんって?」
おそらく人名で、はじめて聞く名前だ。
一刻も早くあの声の主を探したいところだけど、この青街さんの反応から、間違いなくあのSOSについて何かを知っていそうだと思ったのだ。
青街さんは即答は避けたけれど、数秒ほど置いてから一度私の目を見て、それからまた視線を外して、答えた。
「刑事だ。魔法担当のな」
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