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タ、ス、ケ、テ…………………
「―――――助けて!?」
その言葉につながるや否や、私はとっさに窓に張り付いた。
部屋には私ひとりしかいない状況で、誰かの声が聞こえてくるとしたら窓の向こうから以外考えられない。
けれど、ソファを越えて、歴史を感じさせる波打った格子窓をのぞき込んでみるも、生憎ここは1階ではないので、いくら月明かりがあったとしても地上の様子までは見渡せない。
ただ、さっきの地震が現実のものだったとしても、ざっと見た感じでは、その風景は私がこの部屋に入ってきたときと何ら変わりはないように思えた。
「聞き間違い…………?」
地震といい、声といい、私が寝ぼけてただけなのかと妙な気落ちが芽生えそうになったけれど、
「………………タス…………ケ………テ…………イ……タ…イ………ヨ………」
またもや、あのか細いか細い声が聞こえてきたのである。
「―――っ!!」
今度は絶対空耳なんかじゃない!
”助けて” ”痛い” そう言っていた。
絶対にこの耳でそう聞いたのだ。
私は大急ぎで窓を開けて、もう一度目を凝らした。
けれど、やっぱり何も見つからない。
「…………どこから聞こえたの?」
徐々に焦りを覚えはじめる。
だって、地震の直後に ”助けて、痛い” だなんて、怪我をしてるに違いない。
でも、ここからそれを確かめるための頼りは、真夜中の月明かりとちょっとした外灯だけなのだ。
見える限りでは地震の影響は何もなさそうだけど……
私はもう一度、開いた窓から外の様子をうかがい、注意深く音を聞いた。
それでも、やっぱり何も見当たらない。
森の夜の静寂がエンドレスに続いていくだけで………
…………行ってみよう。
そう決心するまで、あまり時間は必要なかった。
今が真夜中だということも、二次試験の最中だということも、ここが魔法使いの集まる場所らしいということも、そのどれもが、あの声を聞かなかったことにする理由にはならなかった。
むしろ、しんとした静寂が、私の心を後押ししたのかもしれない。
…………まだ着替える前だったし、ちょうどいい。
私は窓を閉じ、手早くバレッタを元の位置に付け直した。
圏外だけど、念のためスマホも持って行こう。
ジャケットを羽織り、テキパキと支度した私は、躊躇うことなく部屋から出た。
真夜中のホテルの廊下は、明るさはまったく変わっていないのに、どこか違う世界に踏み込んでしまったかのように錯覚した。
目に見えずとも、もともとあったものがなくなるということは、それだけで心細さを煽ってくるのだ。
人の気配、音、ぬくもり、匂い………
私はホテル自体には地震の影響が及んでいないことを確認しつつ、1階エントランスを目指したのだった。
外に出るためには、ホテルもほぼ中央にある階段を下りていって、エントランスを突っ切らなければならない。
受付であるフロントは、エントランスから階段を見て左に少し進んだところにあり、このまま私が階段を下りていくと、フロントの前を通らずに正面出入口に辿り着くことになる。
一瞬、フロントに立ち寄って、スタッフの方にあの声のことを伝えようかとも思った。
でも、廊下から階段を下りはじめても人の気配が感じられず、ホテル全体が寝静まっていて、だから私は、さっきの地震はそこまで大きなものじゃなかったのだろうと考えたのだ。
そうすると、また急激に、あの声の信憑性が揺らぎだしてしまう。
百歩譲ってあの声自体は幻聴でなかったとしても、地震とは全然関係ないのかもしれない。
いたずらの可能性だってなくはない…のかもしれない。
そんなあやふやな状況でスタッフの方を巻き込むのは、時間的に……というよりそれ以上に私的に、相当な勇気が必要だった。
…………ひとまず、声の主を確認してからにしよう。
階段を下り切ってエントランスに着く頃には、心はそう固まっていた。
ちらりとフロントの方を見やると、幸いスタッフは出払っており、私は誰に見られることもなくエントランスをまっすぐに進むことができた。
階段もエントランスも絨毯敷きで、真夜中に場違いな私の足音が響く心配はない。
別にやましいことをしてるわけじゃないのに、スタッフがいないことにも、足音が鳴らないことにもホッとしていた。
私はまっすぐ正面入口に急いだ。
そこまで大きなホテルでもなく、クラシカルな趣の洋館は規模の大きなペンションといった印象もある。
ただ、スタッフの人数や客室数からいうと、やはりホテルという位置付けになるのだろう。
家族経営のペンションならともかく、ホテルだったら、夜間も出入口はたいてい無施錠のはず。
実際、デスク対応やルームサービスは24時間対応らしいし。
だから私は、ホテルの正面出入口から、普通に外に出られると信じて疑わなかった。
エントランスをはさんでフロントと反対側には、私たちがレクチャーを受け魔法除けの石を渡されたラウンジがある。
もちろん、この時間は誰もおらず、照明もやや落とされている気がする。
アンティークなのかクラシカルなのか、表現に迷うところだけど、ともかく年代を感じさせるソファやテーブルが並び、今は使われていないけれど、奥にある石とレンガで囲まれた暖炉がさらに雰囲気を盛り上げているように感じた。
私はそんなラウンジをどことなくMMMコンサルティング本社の地下フロアと似てるように思いながら、正面出入口の扉まであと数歩のところまでやって来た。
…………とにかく、早くあのSOSの主を見つけなきゃ。
急く気持ちで扉の取っ手に腕を伸ばす。
けれどその直後、
「―――っ!?」
何者かに背後から思い切り肩をつかまれたのだった。




