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室内はクラシカルな装いで、新しいわけではないけれど古びてるわけでもなく、落ち着いた雰囲気だった。
このホテルに来るまでに色々あったせいで、建物の表側をじっくり見る余裕はなかったけれど、エントランスやラウンジ、廊下などは、どこもかしこもが伝統や歴史が詰まっている印象があった。
きっと、ホテル自体が国の有形文化財に登録されていると聞いても驚かないだろう。
ただ、魔法使いや特別に許可された人間にしか扉が開かれないという特殊性を考えると、国の有形文化財というのは成り立たないのかもしれないけれど。
客室はひとり部屋であるもののベッドは2台のツイン仕様で、窓際にはひとり用のソファが小さなテーブルを挟んで向かい合って置かれていて、全体的に広々としていた。
ひとりになった途端、ようやく空腹感がやってきた私は、ルームサービスでオーナーと緑堂さんおすすめのサンドイッチを頼んだ。
種類豊富なメニューから厳選するのは迷ったけれど、夜も遅くなっていたので、一般的なミックスサンドにした。
間もなくして運ばれてきたそれは、確かにそこらへんで見かけるものとは雲泥の差で美味しそうだった。
パンも具材も、添えられた数枚のチップスでさえもがキラキラ輝いているように見えて、不思議な特別感を与えてきたのだ。
それが、魔法のせいなのかどうかはわからない。
そもそも魔法で料理ができるのかも知らないのだから。
でも、そのキラキラで美味しそうなお皿を見たとき、私の頭に真っ先に浮かんだのが律ちゃんだったことは、決して魔法のせいなんかじゃない。
律ちゃんのオフィスで、律ちゃんと手を重ね合った光景が、パッと再生されたのだ。
そのまま記憶は自動再生され続けて、サンドイッチを食べている間じゅう、律ちゃんが頭から離れなかった。
…………律っちゃん、今どこにいるの?
お皿が空っぽになると、私の手は無意識のうちに頭の後ろにあったバレッタを外していた。
編み込んでいた髪はゴムでまとめていて、このバレッタはそのゴムを隠すためにつけていたのだけど………
「………私の力も、隠してくれてたのかな………」
私は膝の上にバレッタを乗せ、指先でベロアの生地に語りかけるように撫でた。
絶対に、絶対に、律ちゃんは私のためにならないことはしない。
その自信は1mmも揺らがないけれど、律ちゃんが何を思ってこのバレッタを私に贈ってくれたのかは、律ちゃん本人の口から教えてほしい。
「律ちゃん…………」
私はソファの背にもたれ、バレッタを両手で抱きしめながら、カーテンが開いたままの窓から夜空を見上げた。
うっすらと雲がかかる夜色の中に、輪郭の甘い月が浮かんでいた。
…………今日って、満月だったっけ………?
今の空模様のように、私の頭の中もぼんやりとしてくる。
けれど、このバレッタから手を離してはいけない、それだけはしっかり意識していて……………
そうして、いつの間にか私は眠っていたようだ。
けれどそんな曖昧な心地良さに包まれたうたた寝は、真夜中、突然の地震によって激しく終了となったのだった。
「―――――――っ!?」
突如、大きく体を揺さぶられた感覚がして、飛び起きた。
いや、自分が寝ていたという自覚もなかった私は、まったく訳がわからない状況に、ちょっとしたパニックに見舞われていた。
「………なに?…………地震?」
それしか考えられなかった。
クラシカルなホテルにありがちな天井からぶら下がるタイプの照明が、細かく揺れているのだから。
スマホから地震アラートは鳴っていないけれど、ここはほとんど圏外になっているはずで。
…………あれ?緊急時のアラートは、圏外にいても届くんだっけ………?
あやふやな情報に思考が占拠されそうになって、私は一旦それを片隅に追いやった。
今考えてもしょうがないからだ。
私が飛び起きるほどの地震だったのだから、きっと、そこそこの震度だったはず。
今は夜の静寂が破られた気配はないけれど、もしかしたらこのあと何らかの影響が出てくるかもしれない。
私はとにかく時刻を確かめようと、視界に入ってきたテーブルの上のスマホに手を伸ばした………ところで、自分がきつくきつく、律ちゃんからもらったバレッタを握りしめていることに気付いたのだった。
…………律ちゃん………
いつもなら、こんなときは一番に律ちゃんにメッセージを送っていた。
『今地震あったよね?大丈夫?』
そうしたら、ほとんど同時に律ちゃんからも電話がかかってきたり、メールが届いたりしたのだ。
『ユキ、大丈夫?今どこ?』
お互いに、家族よりも先に安否を確かめたがっていて、それを互いの親たちはよく面白そうに揶揄ってきてものだった。
だけど今は、スマホは圏外で連絡手段にはならないし、律ちゃんがこの地震が測定される範囲にいるのかどうかもわからない。
それが、無性に心配になってしまう。
…………こんなことなら、律っちゃんの今日の予定を聞いておけばよかった
でも、普段なら予定を尋ねるなんてお互いに当たり前だけど、今日の私たちは入社試験を受ける側と実施する側。
ただでさえ幼馴染みというコネがある以上、入社試験当日のスケジュールを把握しておくなんて、他の人に知られたらあらぬ誤解を招きかねない。
そう思って、私は今日の律ちゃんの予定を何も聞いていなかったのだ。
だから、まさか入社試験の担当者だったなんて、思いもよらなかった。
でも………例え予定を知っていたとしても、二次試験の真っ最中である私が何かできるわけではないのだけど。
そもそも、律ちゃんは私の心配なんか無用なのだ。
…………魔法だってあるわけだし。
それでも、律ちゃんは私がいちいち心配なんかしなくても全然問題ないだろうけど、私が、大丈夫じゃなくなってしまうのだ。
私はバレッタをそっと撫でて、スマホとひとまとめに持ちあげた。
時刻は、深夜1時を少しまわったところだった。
照明の揺れはおさまったようだ。
依然として、夜の静寂が広がっている。
私はスマホのみを手のひらから解放し、圏外のマークを改めて見届ける。
地震の詳細を調べようにも、この部屋にはテレビもなく、完全なお手上げだった。
「……私が寝ぼけてただけ……じゃ、ないよね………?」
ひとりきりの部屋で問いかけるも、当然その呟きは空気に吸われていくだけで。
廊下で物音もしないし、人の気配もまったくない。
これは、もう、私も着替えてベッドに入るべきかもしれない。
明日も大事な二次試験本番なんだし………
そう思い、ソファから立ち上がったときだった。
小さく、本当に小さく、風に乗ってようやく届いたかのようなボリュームの誰かの声が聞こえてきたのである。
「………タ……ス……ケ…テ…………」




