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私たち6人に振り分けられた部屋は個室で、全員が同じフロアの一角にかたまっていた。


私の隣は緑堂さんで、女性同士、このあと部屋の行き来やおしゃべりがはじまるのかと思ったけれど、どうやら彼女には家から頼まれてる用事があって今夜は忙しいらしい。

部屋でパソコンとにらめっこしなければならないとのことだった。


緑堂さんのご実家についてはまだよく知らないものの、紫間さんの言い方や緑堂さん自身の発言内容からして、大きな会社か何かを経営しているのかもしれない。

そしてそれはきっと魔法使い絡みなのだろう。



そういうわけで私と緑堂さんは部屋の前で別れることになったのだが、私は別れる際、『おやすみなさい』と『また明日』、どちらを伝えようかと迷ってしまって、そうこうしている間に緑堂さんから先に言われてしまった。



「それではごきげんよう。また明日お目にかかりましょう。おやすみなさいませ」


私が迷っていたセリフのすべてをスラスラと華麗に告げていく緑堂さんに、私は「………おやすみなさい」とオウム返しのように応じるしかなかった。


一方、上機嫌で、今にも鼻歌でも口ずさみそうな雰囲気で部屋に入っていく緑堂さん。

もしかしたらこのあとパソコンの前でルームサービスのサンドイッチを召し上がるのかもしれない。

MMMコンサルティングの医務室でも食事をオーダーしてたような気もするけど、さっきのテンションだと、このホテルのサンドイッチは別腹になるのだろう。



やがて、ベレー帽とふわふわの髪が扉の中に消えていくと、背後からは小さくため息の音が聞こえてきたのだった。



「………なんですか?」


私はゆっくりと振り返った。


「いや、べつに?」


反対側の隣室は青街さんだったのだ。

青街さんはお決まりの無表情の面を張り付けていたけれど、なにやらもの言いたげにも感じる。


でも、ちょうどいい。

青街さんにさっきの続きを聞かせてもらおう………私がそう意気込んだとき、私たちとは対面する部屋の前に、白蘭(しららぎ)さんが立ち止まったのだった。

ちょうど青街さんの正面の部屋が、白蘭さんの部屋だった。



彼はマスクをつまんで上にあげると、じっとこちらを見てくる。

それが私を見ているのか青街さんを見ているのか、もしくはどちらもなのかは判断つかないけれど、ただ、チラ見程度ではなかった。


どちらにせよ、白蘭さんがいる以上、青街さんとさっきの話を続けるわけにはいかない。

私は開きかけた口をつぐんで、でも青街さんも白蘭さんも黙ったままで、おかしなお見合いがはじまってしまう。


そしてその妙な沈黙は、紺咲さんと灰霧くんが揃ってやってくるまで続いたのだった。



「どうかしたんですか?」



私たちの雰囲気を察した紺咲さんが大人の態度で割って入ってくると、先に白蘭(しららぎ)さんがふいっと顔を逸らした。

白蘭さんは紺咲さんたちに小さく会釈し、部屋に入ろうとしたけれど、私がその背中に「あの、風邪、お大事に……」と社交辞令的な見舞い言葉を投げかけると、ぴたりと足を止めた。


私の言葉に紺咲さんと灰霧くんが続く。


「まだ夜は冷えますからね。特にここは山の中ですし。風邪がひどくならないようにあたたかくしてお休みください」

「………おやすみ…なさい」


すると白蘭さんは振り返り、今度はもっと丁寧に頭を下げてから、部屋の中に入っていったのだった。




「………何かありましたか?」


白蘭さんの部屋の扉が閉まってから、気遣わしげに尋ねてくる紺咲さん。

私と青街さんの両方に尋ねたのだろうけど、青街さんは答えなさそうだったので、私が「あ……何でもありません」と誤魔化した。

いや、特に誤魔化すほどの出来事はなにもなかったのだけど。


紺咲さんは「そうですか」と穏やかに受け流した。

こういう、変に深入りはしてこないところも大人の温度に思えた。

それとも、元教師という職業がそうさせているのだろうか。


紺咲さんは「……ああ、僕は紅守さんの前の部屋で、灰霧くんはその隣ですね」と、話題さえ変えてくれたのだ。



「そうみたいですね……」

「何かあったら声をかけてください。先ほどの課題についても、相談しないといけませんしね。そうだ、まだ寝るにはちょっと早いですし、このあとみんなでお茶でもいかがですか?ね、灰霧くん?」


紺咲さんは、楽器ケースを抱きしめたまま、ただ私と青街さんを交互に見ていた灰霧くんを会話の輪に誘ったのだろうけど、自分を見上げてくる元教え子の様子を見て、やわらかに発言を訂正した。



「………と思いましたけど、どうやら灰霧くんは今日一日分のエネルギーを使い果たしてしまったようです。課題についての相談は、明日の朝お願いしてもいいですか?」


紺咲さんがそう言うと、あからさまに灰霧くんはホッとしたように肩を揺らした。

灰霧くんの顔色はそんなに疲労困憊には見えないけれど、そこは、付き合いの長さがものを言うのだろう。

当然、私が拒否するはずもなくて。



「ええ、もちろんです。あ、でも……」


べつに交換条件というつもりではないけれど、私は、課題を聞いたときから朧気に引っ掛かっていたことを伝えるいい機会だと思った。



「なんでしょう?」

「あの……、おそらく紺咲さんは私よりも年上でしょうから、課題の件はともかくとして、私に敬語を使う必要はないように思うんです。もちろん、初対面で敬語を使うのは社会人としてマナーのひとつかもしれませんけど、これからは、灰霧くんに使うような言葉で私にも話しかけてください」



だって、見た目だけなら、紺咲さんは律ちゃんよりも紫間さんよりも年上に見えるのだ。

私の通っていた高校にも、生徒に対してずっと敬語で話す教師はいたけれど、紺咲さんは灰霧くんにはフランクな話し方をしていたから、きっとそういうタイプではないのだろう。


紺咲さんはおや?という風に目と眉をひょいっと動かして、灰霧くんと短く顔を見合わせてから、私に…というよりも私と青街さんに、向き直った。



「だったら、ふたり(・・・)も僕に対して敬語はナシにしてくれるかい?」


これから同期になるんだからね。



紺咲さんは大人の落ち着いた口調や態度を変えてはいないのに、どことなくさっきよりも楽しそうに見えた。

ウキウキしている……ような気がしたのだ。


けれど私の隣からは、紺咲さんとは真逆でずしんと重たそうな空気が漂ってきて。


俺まで巻き込むな―――――青街さんは無言のままで、表情を変えてはいないのに、あきらかに迷惑そうに見えた。


ただ、紺咲さんはそんな青街さんにも大人の態度を崩さず、


「もちろん、無理強いはしないよ。そうしてくれたら嬉しいなっていうだけだから」


控えめに、引き際のラインを示してきた。

そのセリフが紫間さんのように含みを持たせたものではなく、裏表のないものに聞こえるのは、私が紺咲さんに好感を抱いているせいだろうか。



「わかりました……じゃあ、明日からはそうさせていただきますね」


私がそう返事すると、意外なことに、青街さんも「……努力はします」と抑揚のない呟きで答えたのだ。


「それは嬉しいな。ね?灰霧くん?」


灰霧くんはこくんと頷く。


「それじゃ、今日はお疲れさま。また明日から、よろしくね」

「よろしく……オネシャス」



覇気のないくぐもった声の灰霧くんに、さすがの私も、彼のエネルギー切れを悟った。


紺咲さんは苦笑しつつも、灰霧くんが部屋に入るのを見送って、そのあと、私たちに「おやすみ」と言いながら自分の部屋に入っていったのだった。



そして廊下に残されたのは、私と青街さんのふたりだった。



「あの、青街さん……」

「そのふたつ、肌身離さず持っていた方がいい」


青街さんが部屋に入ってしまう前にと、急いで話しかけた私を見越していたかのように、青街さん本人が遮ってしまう。



「え………?」

「今配られた石と、その髪飾りのことだ。髪飾りは、寝るときには外すものじゃないのか?」

「あ……そうですね、さすがに髪はほどきますから………」


紫間さんに渡された石はブレスレットとして手首に着けたまま眠ることもできるけれど、バレッタは通常は外して就寝する人が多いだろう。

ところが話を振ってきた青街さんは、自分はさも関与してなさそうな素振りで扉の取っ手に手をかけながら、さらさらと忠告してきたのだ。



「だとしても、握ったまま眠るとか、寝間着のポケットに入れておくとか、襟に挟んだりして、なるべく近くに持っておいた方がいい。もし、その髪飾りに本当に魔法の力を誤魔化す作用があるんだとしたら、俺ならそうする。例えそれを渡してきた相手が何も言ってなかったとしてもな」



青街さんはそれだけ言うと、私からの質問なんか耳にも入れたくないという感じにさっさと自分の部屋に入っていってしまった。



私はひとりきりになった廊下で、そっと、そして恐々と、頭の後ろのバレッタに触れてみた。


ベルベットの触り心地が気持ち良いのはいつもと同じなのに、今夜からは、それだけではなくなりそうだ。




「律ちゃん………」



すぐにでも大好きな幼馴染みに会いたかった。

会って、この贈り物の真意を問いたかった。


でも、律ちゃんが私のためにならないことをするわけはない。

それだけは、絶対だ。



私はバレッタからポケットのカードに手を移し、カードがここにあることを確かめてから、与えられた部屋にようやく足を踏み入れたのだった。










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