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”警察” という、私の22年の人生でおそらく ”魔法使い” と同じくらい馴染みのなかった組織の登場に、あからさまに狼狽えた私だったけれど、先にホテル入り口に着いてしまった紫間さんが振り向いて声をかけてきたことで、私と青街さんとの極小声極秘裏会談は強制終了されたのだった。



それでも、紫間さんに急かされて駆け出しかけた私に、青街さんが再度忠告してきたのである。



「あの男は嘘をついてる。気をつけろ」



聞き返すこともできないほどの、ほんの一瞬の、短い耳打ちだった。


パッと見あげた青街さんの横顔は相変わらずの無表情で、私には彼の真意を読み解くなんて到底不可能で。


ただ、単に紫間さんを陥れたり、私を怖がらせたりするのが目的ではないということだけは感じていた。

つまり、彼が本気で紫間さんを警戒し、私に注意を促しているのだと。



私がこくりと頷き、青街さんにも届くかどうかの小さな声で「わかりました」と応じると、青街さんは黙ったまま、何事もなかったかのように歩くスピードを上げ、私もそれについてホテルに向かっていったのだった。









「それじゃあ、部屋割りは今説明した通りだよ。明日の朝は6時から8時までに朝食をとって、9時までにはこのラウンジに集まってくれるかな。それから、さっき夕食をとってなくて、もしこの後何か食べたくなったら、ルームサービスをとってくれても構わないよ」

「お夜食のルームサービスなら、種類豊富のサンドイッチがおすすめですよ。滞在中の食費や諸経費はすべてMMMコンサルティングさん持ちとのことですから、みなさん、遠慮なくどしどし召し上がってくださいな」



紫間さんと青街オーナー、さっきはホテルの安全を巡ってささやかな応酬があったものの、基本的には相性ぴったりのコンビに見える。

にこにこ顔の紫間さんに、にっこにこ顔の青街オーナー、どちらも愛想が良いのはよく似ていた。


その青街オーナーに真っ先に反応したのは緑堂さんだった。


「まあ!あの有名なホテル ミスルトゥのサンドイッチを好きなだけただけるんですの?なんてことでしょう!噂では、グリルドチーズサンドイッチが絶品だとか。楽しみですわ!みなさまも是非ご堪能くださいませ」


緑堂さんが近くにいた紺咲(こんさき)さんと灰霧(はいきり)くんに微笑みかけると、灰霧くんはかわいそうなほどに顔を赤めてしまう。


「承知!………つかまつり………しました」


尻すぼみに声を細めていく灰霧くん。


御意とか承知とか、やっぱり灰霧くんにおかしな日本語を吹き込んだ犯人は、時代劇風な言葉を好んでいたようだ。


マジ神、サンガツ、オネシャス………どれも私のまわりではあまり聞かなかった言葉だけど、御意や承知なら、いちいち引っ掛かることなく理解できるので、なるべくならそっちのジャンルを使ってくれたらいいのにな………


灰霧くんの可愛らしい様子を見ながら、そんなことを思っていた。

けれど、今最も私の心を占めているのは、どうしてもさっきの青街さんのセリフだった。



…………警察絡みって、何か事件があった……ということよね?



不穏な胸騒ぎが再燃してくる。

それに追い立てられるようにして、青街さんにを視界に探すと、ふいに目が合った。


すぐに逸らされるのかと思いきや、青街さんは何か言いたげな目を向けてきたけれど、やがてそれは紫間さんの陽気な声に中断を余儀なくされたのだった。



「じゃあ最後に、一番大切なことを説明するよ?魔法の影響を防ぐための道具についてだ」



にわかにざわめきが走った私たちに、紫間さんは速やかにそれ(・・)を配布していった。


それは、黒いヘアゴムに鉱石のようなものが通されたアクセサリーだった。

ヘアアクセサリーにも、ブレスレットとしても身に着けられそうなそれは、よく見かけるパワーストーンのブレスレットのように数珠繋ぎにはなっておらず、黒いゴムに石がひとつだけ通されたものだった。


私たち6人全員に配られたけれど、それぞれ石の色が異なっていて、似たような色もあったものの、大きさや形などもまちまちで、ひとつとして同じデザインのものはなかった。



紫間さんが全員に配り終わる前に、真っ先に声をあげたのはやはり緑堂さんだった。


「まあ!なんて素敵なんでしょう!わたくしはアンバーのようですわね。落ち着いた色合いで、今のわたくしの装いともぴったりですわ!みなさまはいかがでしたの?」


まわりを見まわし、一番近くにいた紺咲さん、灰霧くんコンビの手元をのぞき込む。

すると突然縮まった距離に灰霧くんは案の定耳まで真っ赤っ赤になって、今度はいったいどんな言葉が飛び出すのかと思いきや、狼狽がマックスになったのか、ただただ楽器ケースをぎゅうっと一生懸命抱きしめて顔を埋めるだけだった。


すぐそばにいた紺咲さんがしょうがないな…という風に苦笑し、そっと灰霧くんの手元を見ながら、彼の代わりに答えた。


「僕はソーダライト、灰霧くんのはターコイズかな?」

「あら、青系でお揃いですわね。それにしても、鉱石にお詳しくていらっしゃいますの?」

「ええ、まあ。前職が化学教師でしたので」


紺咲さんが照れくさそうに微笑んだ。


「まあ!それは素晴らしいお仕事ですわね!わたくし、根っからの文系でしたので、理系はさっぱりですのよ」

「じゃあ、灰霧くんと一緒ですね。彼も文系で、僕の授業ではいつも難しそうな顔をしていましたよ」

「あら、日本語でご苦労なさってたのでしたら、化学みたいに専門的な単語が出てくる科目は大変でしたでしょうに……」



紺咲さんと緑堂さんは相性がいいのか、何気ない会話にも一気に花が咲くようだ。


ふたりが話を広げている隙に、私は他のメンバーの手元をざっと確認した。


白蘭(しららぎ)さんはきれいな紫……アメジストだろうか?

青街さんは濃い黒……黒曜石のように見えた。

あいにく、私は紺咲さんのように詳しくはないので、おそらく……だけど。

そして



…………私のは、クォーツ…水晶?



ほとんど透明で、触れると、指先がほんのりと冷たい。

他の人に渡されたものと比べると、ひとまわりほど大きいようにも感じた。


私は手触りを確かめるようにそれを握ったままだったけれど、緑堂さんが嬉しそうに手首にはめるのを見て、その通りに真似てみた。



けれど、特に、何も感じない。

さっきの ”転移の扉” のような風も、何か(・・)がある感覚も、一切なかった。



そのとき、全員に配り終えて様子をうかがっていた紫間さんが、パン、と手を叩いた。

私たち以外誰もいないラウンジに、その音はよく響いた。



「うん、みんな問題はなさそうだね。それは、今も言ったみたいに、きみたちによからぬ魔法がかけられないための道具だよ」



紫間さんは私たちひとりひとりの顔を順に見ながら続けた。



「きみたちが未来のMMMコンサルティング社員であることは、見る人が見ればすぐにわかるからね。魔法使いの世界でも、非魔法使いの世界でも、MMMコンサルティングはエリートだという受け取られ方をしている。そのせいで、考えたくはないけど、未来のエリート候補を傷付けようとしたり、或いは後々のために貸しを作らせておこうと企てる輩が出てくる可能性が高い。入社試験そのものを邪魔しようとする者もいるかもしれない。けれど、それらに対抗するだけの力を、きみたちはまだ持っていないだろう?だから、せめて基本的な魔法からは身を守れるように、それを渡しておくよ。それを身に着けていれば、ある程度の魔法は避けられるだろう。ただ、その効力や耐久性は装着する人物の力に左右されるから、必ずしも万能というわけではないんだ。だからもし、それに傷ができたり傷んだりしてきたら、すぐに知らせてくれるかい?ああ、あと、それはあの(・・)カードとは違って、持ち主を特定していないんだ。つまり、あくまで身に着けてる人物を魔法から守るというだけだ。だから、必ず身に着けておいてほしい。鞄に入れたりポケットに入れたりではなく、きみたちの体に付けておいてくれるかな。だいたい手首に着ける人が多いと思うけど、もちろんヘアアクセサリーとして使用するのもOKだよ」



必ず身に着けるようにという指示に、もとから装着していた私と緑堂さん以外の4人もすぐに手首に通していた。


紺咲さんと灰霧くんはともかく、白蘭(しららぎ)さんと青街さんも素直に従っていたのは少し意外だった。


そんなことを思っていると、手首の黒い石を触っている青街さんと視線がぶつかっていしまい、ふたりしてなんとなく逸らす。


本当は、さっきの話の続きを聞きたくてしょうがないけど、他の人の目があるところでは聞きようがない。

だからといって人目を避けて話しかけるのも、当の青街さんがこの調子では至難の業に思えた。


すると、私たちのやり取りを見ていたのだろうか、紫間さんが「あれ?紅守さんと青街くんはさっき仲良しになったんじゃなかったのかい?」と、妙に大げさに問いかけてきたのだ。


青街さんは無表情のまま


「べつにそういうんじゃありませんよ」


そっけなく否定した。

私も慌てて


「今日はじめて会ったばかりですから……」


と、多少は気遣いつつ答える。



紫間さんは「ん――――」と、やおら腕を組み、思案するような素振りをしてから、閃いた!とばかりに明るく言い放ったのだ。



「きみたちはこれから大事な同期になるんだから、もっとコミュニケーションを取らなきゃ。そのためには、まず、お互いのことを親しく呼び合ってみるのはどうかな?呼び捨てとか、ニックネームとか。うん、そうしよう!これが二次試験の最初の課題だよ。うん、我ながらいいアイデアだ」



満足そうに自画自賛する紫間さんに、私は戸惑いの表情を隠しはしなかった。

私と同じ顔になっていたのは灰霧くんで、緑堂さんと紺咲さんは賛同の笑みを、そして無無コンビの白蘭(しららぎ)さんと青街さんは揃って迷惑そうな眼差しを向けていた。

とても、冷ややかに。



なにはともあれ、このあと、ひとまず私たちは解散となり、

そうして、魔法使いによる魔法使いのための憩いの場、ホテル ミスルトゥでの最初の夜がはじまったのだった。












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― 新着の感想 ―
”警察”に「あの男は嘘をついてる」 という言葉。益々、紫間さんの事が胡散臭く見えて来ました(笑)。 体調を崩していらしたとの事。気温も上がり、健康体でもしんどく感じる日が続いております。更新は楽しみで…
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