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「魔法!?」
私はそれまでとは比べ物にならないほど素早くバレッタに触れていた。
けれど青街さんからは「しっ!」と人差し指を立てられてしまう。
青街さんは私に目配せして、そのまま目線で前の二人を指した。
…………二人には聞かれない方がいい、ということ?
そう理解した私は極力声を落とした。
「魔法って……本当ですか?」
青街さんは前を気にしながら小さく頷いて返した。
「そんな……」
これは律ちゃんからの贈り物だ。
ということは、律ちゃんがこのバレッタに魔法をかけて、私に渡した………
そう考えるのが自然だろう。
もちろん、アンティークだった可能性もないとは言い切れないし、もしかしたら律ちゃんとは別の、魔法を使える誰かの仕業かもしれない。
でも………
「いったいどんな魔法がかけられているんですか?」
重要なのはそこだ。
青街オーナーの話では、私にとってマイナスなものではなさそうだけど………
不安に揺れながら青街さんの返事を待っていたものの、青街さんからは「さあ?」と、クールなひと言しか返ってこなかった。
「さあ、って……」
「勘違いするな。俺だってわからないんだ」
「……そうなんですか?」
魔法使いの一族なのに?
私の率直な疑問が顔に出ていたのだろう、青街さんは前の二人を意識しながら息を吐いた。
「俺はただ家族や親族が魔法使いだった…ってだけで、別に魔法の能力が人より優れているわけじゃない。そもそも魔法使いがウロウロしてるホテルには滅多に入らせてはもらえなかったしな。だから、魔法にはそこそこ慣れてるし、魔法に関する知識も多少はあったとしても、その他の面においては入社試験参加者とそんなに変わらない。ただ、魔法に慣れてる分、隔世遺伝や魔法使い一族と知らされてなかった者に比べたら、魔法を察知することはある程度できる」
「それで、私のバレッタに魔法がかけられてるってわかったんですか?」
「ああ。でも最初は気付かなかった。うまく隠されていたみたいだ。俺の母親がさっきああ言ったのを聞いて、意識して見てみたら、ようやく気付いた。でも、何の魔法が仕込まれているのかまではわからない。ただ……」
わからないと言いながらも、青街さんには何か心当たりもありそうだ。
「ただ……?」
「さっきの俺の母親の口ぶりからして、害のあるものではなさそうだ」
「……私もそう思います」
「だとしたら、もしかしたら、その強すぎる魔法の力を悟られないようにするためのものなんじゃないか?」
「あ………」
…………それは考えつかなかった。
私は柔らかなベルベットの手触りに、優しい律ちゃんを重ねた。
けれど、青街さんは低く冷めた囁き声で言い捨てたのだ。
「まあどうせ害がないのは、あくまでも表向きだろうけど。あいつらがすることに完全な善意なんてあり得ないからな」
どう聞いても、好意的とは思えない言い草だ。
いくら小声とはいえ、紫間さんの耳に届いてしまう可能性がないわけじゃないのに。
何せ相手は人の心が読める魔法使いなのだから。
なのに青街さんは、さっきからMMMコンサルティングや紫間さんに対して嫌悪めいた感情を隠そうともしていない。
それはまるで、紫間さん自身に知られても構わないといった態度にも感じた。
「………MMMコンサルティングの入社試験を受けに来られたんですよね?」
到底そうは思えない青街さんの言動に、まず大前提の確認をせずにはいられなかった。
ところが、やはりそこから違っていたのだと思い知る。
「受けに来させられたんだ」
「え………?ご自分の意志ではないんですか?」
無表情ながらも、それが不本意であることが伝わるほどにはムスッとしているように見えた。
「違う」
青街さんが断言したとき、前を歩いていた紫間さんが「あれ?」と振り返った。
「ふたりとも、どうかしたのかい?早くおいでよ」
にこやかに私たちを手招きする紫間さん。
つられて青街オーナーも後ろを向いたけれど、ふたりとも、ちゃんと足を止めることはしなかった。
「あ……すみません、今行きます」
私がちらりと青街さんの様子をうかがいながらそう答えると、紫間さんと青街オーナーはまた前に向き直ってホテルに進んでいく。
仕方なく、私はゆっくりと歩きだした。
青街さんも私から半歩ほど遅れて足を動かしはじめたので、私は急いで、最小限のかすれ声でさっきの続きを問いかけた。
「入社試験を受けに来させられたって、どういうことなんですか?」
「そのままの意味だ」
「じゃあ、青街さんはMMMコンサルティングに入社したいわけじゃないんですか?」
「俺は実家のホテルを継ぐつもりだった。それをあの男が邪魔してきたんだ」
「あの男って、もしかして紫間さんのことですか?」
「ああ。覚えておいた方がいい。MMMコンサルティングという企業は、何よりも自分達の利益を最優先させる魔法使いの集まりだ。中でもあの紫間という男は愛想の良さで相手を油断させながら、しっかりと自分の都合だけを押し通すエゴイストだ。相手の意志や気持ちなんか二の次三の次で、重要な情報も平気で隠し通すし、握り潰す」
あまりに厳し過ぎる言葉の羅列に、耳を疑いたくなる。
律ちゃんが働いている会社で、私の憧れだったMMMコンサルティングのことをこうも悪し様に言われて、ショックを受けたのだ。
けれど………私も、紫間さんに対して違和感を覚えた瞬間がなかったとは言えなかった。
例えば、さっき”転移の扉” を通ったときに聞こえた会話のように。
ただあれは、紫間さんと青街さん、ふたりともが何かを隠してるような内容だった。
「…………重要なことを隠しているのは、あなたも同じなんじゃありませんか?」
気付いたときには、責めるような口調がこぼれていた。
「………何のことだ?」
青街さんは無愛想をもっと濃くさせて訊き返してきた。
「……さっき、私が扉をくぐるとき、あなたと紫間さんの不穏な会話が聞こえてきたんです。あなたが仰ってたあの件って、何ですか?危険なことなんですか?」
私は前のふたりに追いつかないように、殊更速度を落としながら追及した。
すると青街さんはハァ……と、厄介ごとを目の当たりにしたようなため息を吐き出したのだ。
そして、思いもよらないことを告げた。
「それも、あの男の企みだったのかもしれないな……」
「あの男って………紫間さんのことですよね?」
「ああそうだ。わざと聞かせて、あんたの動揺を誘った。もしかしたら ”転移の扉” が突然閉まったのはそのせいかもしれない」
「え?」
つい声が大きくなってしまい、慌てて前のふたりの様子をうかがう。
………どうやら、聞こえなさそうだ。
私はホッとして、さらにさらに声を潜めた。
「扉が閉まったのって、私のせいだったんですか?」
「かもしれないってことだ。あんたは規格外に力が強いらしいから、通常の魔法に何らかの影響がないとは言い切れない」
「そんな………」
私は何もわからないながらも少なからずショックを受けて、でも、そのショックに浸ってる場合ではないと思い直す。
今を逃したら聞きそびれてしまいそうなことがあるのだから。
「でもちょっと待ってください。その…力が強いとかは未だによくわからないので何とも言えませんけど、そもそもその前に……あなたが紫間さんに話してたあの件って何なんですか?」
ふたりして、いったい何を隠しているんですか?
青街さんが紫間さんを怪しむなら、私は紫間さんも青街さんもどちらも怪しんでいるのだと、真っ向から隠さずに問い詰めた。
「そういえば、あなたのお母様も、含みを持たせたことを仰ってましたよね?」
―――――『魔法使いには、非魔法使い以上にいろんな方がいらっしゃいますからね。だからこそ、先日もあんなことがあったのでしょうし。それはあなたもご存じですよね?』
さっき、青街オーナーが紫間さんにそう言って、紫間さんは『ええ。もちろん』と即答していたのだ。
私はなおも足を遅らせて、青街さんの返答を待った。
はやく答えて。
心中は前のふたりに気付かれまいと焦りに焦っていたけれど、青街さんは私の質問を噛み締めるように唇をきゅっと閉じてしまう。
それから、言葉を選ぶようにゆっくりと返してきた。
「………俺の判断で勝手に話すわけにはいかない。警察も絡んでることだからな」




