9
私はさっきと同じく、反射的に後頭部のバレッタに手をまわした。
律ちゃんから貰ったこのバレッタは私の大のお気に入りで、だからもう何度も使ってきたし、確かに、その度にお洒落だとかセンスがいいと誉められた経験はあった。
ビジューが施されているけれどごく控えめで、決して派手な装飾ではない。
品があってきちんと感があるので、私はここぞという場面でよく身に付けていた。
だから、リクルートスーツ以外で入社試験に相応しい装いが良いと言われた今日も、迷わずに選んだのだ。
ただ、さすがにこうも立て続けにピンポイントで誉められると、何か言外に含みがあるようにも感じられてしまって………
「………ありがとうございます」
素直にそう返していいのだろうかと、迷いながら礼を伝えた。
すると青街オーナーからは「どなたからの贈り物かしら?」と、まるでそうでしょう?という確信めいた問いかけが投げかけられてきたのだ。
やはり、このバレッタには何かあるのだろうか?
私は迷いが戸惑いに進化するのを感じながらも、今ここで嘘をつく理由も思い当たらず、正直に答えた。
「はい………幼馴染みからのプレゼントです」
「まあ、そうなのね。とってもお似合いよ。きっとその幼馴染みの方は、紅守さんのことを大切に想ってらっしゃるんでしょうね。素敵だわ」
「え……?」
…………やっぱり、ただのバレッタじゃないの?
私はそっくりそのまま浮かんだ疑問を口に出そうとしたけれど、まるでそれを制するように、青街オーナーが砕けた言葉遣いを堅く整えて
「大切になさってくださいね。私が言うまでもないとは思いますけど」
そう告げてきたのだ。
教科書の太文字アンダーライン必至の最重要項目のような言いまわしに、私は「はい……」と返事するしかなかった。
私が頷くと、青街オーナーは紫間さんにくるりと振り返り
「それじゃ、早く参りましょうか。ホテルで他のみなさんがお待ちですから」
すたすたと歩き出してしまった。
おかげで私はバレッタの詳細を尋ねるタイミングを見失い、疑問は疑問のまま、喉の奥に飲み込まれていった。
「おや、イレギュラーについての詳細はお尋ねにならなくて構わないのですか?」
紫間さんが隣りに並んだ青街オーナーににこやかに問うと、
「ええ。紫間さんがきちんと把握なさって、問題ないと仰るのでしたら、何も心配はありませんよね?それに、MMMコンサルティングの入社試験はだいたいいつも何かしらが起こるものだと聞いておりますので」
青街オーナーも負けじと、にっこにこの笑顔で言ったのだった。
「ええ。まったくご心配には及びませんよ。仰るように、我が社の入社試験ではかなりの高確率で何かが起こりますからね。まあ、魔法に不慣れな魔法使いの卵たちが集まるわけですから、やむを得ないことではありますが。しかしながら、それは御社、ホテル ミスルトゥでも同じ……といったところではないでしょうか?ホテルのお客様の中には、魔法使いとしてはまだ未熟な方もいらっしゃるでしょうに」
「そうですね………それは否定いたしませんよ。魔法使いには、非魔法使い以上にいろんな方がいらっしゃいますからね。だからこそ、先日もあんなことがあったのでしょうし。それはあなたもご存じですよね?」
…………あんなこと?
引っかかった私をよそに、紫間さんは「ええ。もちろん」と即答する。
「報告はあがってきてますよ。そんな中、こうしてMMMコンサルティング入社試験の二次試験会場としてご協力いただき、まことに感謝しております」
やたら大仰にお辞儀をしてみせる紫間さん。
青街オーナーは片方の手のひらを小さく折りながら「あら、よしてくださいな」と笑う。
「こちらもMMMコンサルティングさんにはいろいろとお世話になってるんですから。私どもにできることがあるのでしたらぜひ協力させてくださいませ。もちろん、ホテルとお客様に危険の及ばない範囲で、のお話にはなりますけれどね」
「それについてはお任せください。そのようなことは断じて起こり得ないとお約束いたしましょう」
「それを聞いて安心しておりますよ」
「ありがとうございます。それでは、そろそろ参りましょうか」
紫間さんが、やはり大仰にエスコートの身振りをする。
テーマパークのスタッフにも負けないエレガントな紳士っぷりを披露されて、青街オーナーもそれに合わせて恭しくお辞儀で応じる。
そして紫間さんは私と青街さんにも振り向いて。
「さあ、きみ達も行くよ」
何ごともなかったかのようにそう促してくると、青街オーナーも「ルイ、ちゃんと紅守さんをご案内してさしあげてね」と息子に声をかけた。
「わかってる」
青街さんはぶっきらぼうに返事して、それを聞いた二人は私たちより先にホテルへと歩き出したのだった。
今いる場所からホテルまではほとんど目と鼻の先だ。
私は紫間さんと青街オーナーに遅れることなく、足を踏み出そうとした………ところで、隣から再び低く忠告が届いた。
「………その髪飾り、肌身離さず持っておいた方が良さそうだな」
「え?」
…………髪飾りって、バレッタのことよね?
私はとっさに、また頭の後ろに手をまわした。
いつもは物静かなベルベットの触り心地が、今回はやけにざわついて感じてしまう。
そしてそれが単なる気のせいなんかでないと、すぐに証明されることとなった。
私の胸騒ぎを裏付けるように、青街さんは思ってもいなかったことを指摘してきたのだから。
「たぶん、その髪飾り………魔法が仕組まれてる」




