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青街オーナーはつかつかと私の正面までやって来くると、私の返事を待たずして、
「はじめまして。ホテル ミスルトゥのオーナーをしております青街 里と申します。もうご存じかもしれませんが、そっちのぶっきらぼう男、青街 塁の母親も兼ねております。あなたのお名前をなぜ知っているのかというと、一次試験をパスした方の情報を先ほどMMMコンサルティングさんから伺ったんですよ。それで、今か今かとみなさんの転移をお待ちしていたんです。紅守さん以外のカード組のみなさんはもうホテルにいらっしゃいましたから、あと残っているのは紅守さんだけでしたので、あなたが紅守さんだと思ったんですよ」
決して早口というわけではないけれど、まるで滝から落ちる水が滝つぼに届くまで止まらないように、彼女のおしゃべりは自然に滑らかに滞りなく流れ続けた。
私はその流れにやや圧されながらも、「はじめまして。紅守 雪と申します」と、どうにか一応の礼儀は返せた。
けれど、青街オーナーはそこで挨拶を終えず、
「もしよろしければ、あなたをハグさせてもらえないかしら?」
私の真ん前でパッと両腕を広げてきたのだ。
にっこにこの、紫間さんも敵いそうにない顔じゅうからはみ出そうな満面の笑みで。
「ハ…グ、ですか?」
私は面食らい、動揺を誤魔化しきれずに尋ね返してしまう。
青街オーナーはにっこにこ顔を揺らすことなく、「ええそうよ?ハグ。ぎゅっと抱きしめることよ」と、広げた両腕で、まずは自分自身を抱きしめてみせた。
すると、盛大に戸惑っている私を不憫そうに眺める青街さんからはハァァ……とため息が、楽しそうに見つめてくる紫間さんからはクスクスクス……と笑い声が吐かれたのだ。
「相変わらずですね、青街オーナーは。ひょっとして、先にホテルに向かった彼らにもそれをなさったんですか?」
「当たり前じゃないですか。二次試験だろうと社員研修だろうと、うちにお泊りになるということは、大切な大切なお客様に変わりありませんからね」
「ですが、宿泊客全員にハグをしてらっしゃるわけではないのですよね?」
「さすがに、触れられるのがお嫌そうな方には控えておりますよ?ですが、うちにお泊りのお客様にはいろいろとご事情がおありの方が多くいらっしゃいますからね。少しでも心安く過ごしていただきたいんですよ。私の魔法は、そのためにあると言っても過言ではありませんからね」
青街オーナーは自分を抱きしめたまま、両手でぽんぽん、と撫でるように自分の腕を叩いた。
…………もしかしたら、この人は人を癒す魔法を得意としているのかもしれない。医務室にいた、瑠璃子さんのように。
青街オーナーの発言に、紫間さんも「それはそうですね。あなたに癒されて励まされた仲間は大勢いることでしょう」と深く頷いた。
どうやら、このホテル ミスルトゥは一般的にイメージされるホテルというよりも、もっと宿泊客との距離が近いようだ。
青街オーナの口調や態度も格式ばった接客仕様ではなく、丁寧な中にも親しみやすさがある。
「最近はすぐにコンプライアンスがどうのこうのと騒がれてしまいますからね。私たち魔法使いもそこは注意しなくちゃと肝には銘じておりますよ?ですから、ハグの前には必ず断りを入れるようにしているんですよ。ということで、紅守さんはどうかしら?」
青街オーナーはセルフハグを解き、私に向き直った。
「ハグ、させてもらってもいいかしら?」
にっこにこの顔を少し傾けて尋ねてくる姿は可愛らしく、私の母親と同じように、とても若く見えた。
それが魔法使いの特徴であると、今はもう理解できる。
私は、ふと両親からの手紙を思い出し、青街オーナーにも親近感に似た感情を覚えて。
「………どうぞ」
両手を体のサイドに添わせ、背筋を伸ばしてハグを受け入れる体勢をとったのだった。
私の隣からはハァ…と、またため息が聞こえてきたけれど、青街オーナーはまったく気にもとめず、
「どうもありがとう」
と言って、満面の笑顔のまま、ゆっくりと私を抱きしめていった。
ふわりと、あたたかな温もりに囲まれる。
”転移の扉” が開いたときのような風は感じなかったけれど、なぜだかホッとするような、優しくて、そしてどことなく懐かしいような、不思議な感覚が私を包み込んでいった。
瑠璃子さんのときのように、明確な変化も感じられない。
なのに、心が落ち着いていく………
不思議だったけれど、心地良くて、ずっと待ち望んでいたような安心感があって………
両手を動かさずに抱擁を受け入れていた私は、いつの間にか、自分もハグを返したくなっていることに気付いた。
けれど、それが叶うことはなかった。
私がそうする前に、青街オーナーがパッと抱擁を解いたのだ。
彼女はにっこにこの顔を微塵も崩さずに、解いた手を今度は私の両肩に置いた。
「無茶を言ってごめんなさいね」
「いえ……」
間近で顔を見た青街オーナーは、やはり青街さんとよく似ていた。
青街さんは嬉しそうに「どうもありがとう」ともう一度礼を告げたけれど、次の拍子には私の後頭部に目線をやり、さっきの自称MMMコンサルティング社員の男性と同じことを言ったのだった。
「そのバレッタ、とっても素敵ね」




