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さっきの、王子様みたいなあの男の人だったら、何か知ってるかもしれない……
短絡的にそう思った。
でも、あの男性はMMMコンサルティングの社員だというのだから、もし扉が閉まった件で何か知っていたのなら、さっき私に事情を説明してくれていたはずだ。
それに、同じMMMコンサルティングの社員である紫間さんの邪魔になるようなことをするだろうか?
…………それだけじゃない、もしあの男性が何か知っていたのなら、どうして紫間さんが再び扉を開く前に姿を消したの?
同じMMMコンサルティングの社員なら、何かやりとりがあってもよさそうなのに。
けれど同時に、別の考えがよぎった。
…………待って。でも、もし、万が一、あの男性があえて紫間さんの邪魔をしていたのだとしたら………?
私は、あの男性の存在をそのまま紫間さんに伝えてもいいものか、躊躇が芽生えた。
余計なことを口にして、おかしな展開になるのは避けたかったからだ。
言わない方がいいこと、知らない方がいいことなんて、この世にあふれているのだから。
ましてや、相手はどちらも魔法使い。
私が告げたひと言で、何がどうなるか予測つかないのなら、ここは、流してもいいのでは………?
けれど、そんな私の、ほんのわずかな心情の変化を、紫間さんは的確に見抜いてきたのだ。
「おや?紅守さん、何か気付いたことでもあるのかい?」
「え………?あ、いえ………」
紫間さんの問いかけに、 青街さんの無言で射抜くような視線が刺さってくる。
「紅守さん?どうしたんだい?なんだか険しい顔色だよ?」
紫間さんは私の躊躇を打ち砕くかのように、柔和な笑顔で問い詰めてくる。
すると、この人を相手に私がうまく誤魔化せる自信もなく、あっけなく、躊躇の芽は枯れてしまったのだった。
「あの………さっき、ここで、MMMコンサルティングの社員の方とお会いしたんです」
そう言うや否や、ふたりは明らかにこれまでと違う反応を見せた。
「それ、間違いないかい?本当に、MMMコンサルティングの社員だったのかな?」
紫間さんが穏やかに、でも鋭く尋ねてくる。
「はい………間違いないと思います。ご本人がそう仰ってましたから」
ふたりの反応を見て、ああ、やっぱり言わない方がよかったのかもしれない………そう思いながらも、私はもう正直に答えるしかできず、ただ事実をその通りに答えた。
「本人が?」
紫間さんは意外そうに顎を引いた。
そして、内心はともかく、私に対しては落ち着いた態度を見せていた紫間さんとは対照的に、青街さんは「それはないはずだ」と、まるで怒ってるように断言したのだ。
「今夜の宿泊客の中にMMMの社員はいなかったからな」
青街さんはじろりと私を睨む。
私はびくりとしたけれど、青街さんは構わずに続けた。
「俺はMMMコンサルティングの二次試験をうちで実施するとは知らなかった。でも、俺の親は違うはずだ。そうですよね?紫間さん」
紫間さんはこくりと頷く。
「ああ、そうだね。二次試験に使用させていただくために、青街くんのご両親と、一部のホテルスタッフには予め知らせているよ?」
「だとしたら、さっき紫間さんが言ってたことも可能性はほとんどないはずです。俺たち一次試験通過者が転移してくるであろう時間帯に、”転移の魔法” を妨げるような輩をホテルの敷地に入れるとは考えられませんから。ホテルには安全管理上の責任があるので。その社員と主張する人物が、仮に本当にMMMの社員だった場合、大きな問題になるんじゃないですか?」
青街さんは尖らせた眼光を、私から紫間さんに移す。
紫間さんは穏やかな微笑みを苦笑いに移し、「そうなっちゃうよねぇ」と消極的に肯定した。
困惑めいた口調にも聞こえるし、呆れが混ざっているようにも聞こえた。
「このホテル ミスルトゥで二次試験が行われることは、正規の社員なら知っているはずだからね。それなのにわざわざこのタイミングで訪れるというのは、ちょっと考えにくいよね。それ以外、つまりうちの社員以外の魔法使いについては、ごく稀に、何も知らずに我々の仕事や入社試験に干渉してしまうケースもないことはないんだけどね。その場合、悪意を持っての行為でなければ、特に問題にはしていない。だから僕は、青街くんにそう説明したんだ。でも、確かに青街くんの言うように、魔法のプロ中のプロである青街夫妻の管理下においては、その発生確率は限りなくゼロに近いのかもしれないね。それに、紅守さんが会ったという、自称MMMコンサルティング社員という人物も気になるね。彼の名前は聞いたのかい?」
紫間さんは苦笑を元の穏やかな笑みに戻し、そしてそんな紫間さんに胡乱な目を向けていた青街さんは、その目線を私に移動させてくる。
きっと、私の発言もそんな感じに思われているんだろうな………
「名前は………すみません、聞いてません」
「そうか、そうなんだね」
紫間さんのわずかばかりに残念そうな声が返ってくると、私はその代わりにと、すぐさまあの男性の特徴を並べていった。
「でも、私と同じか、私より少し若い感じの男の人で、紫間さんよりも小柄でした。服装は、白いパーカのフードをダーク系のジャケットから出していて……」
「相手が魔法使いなら、年齢や見た目に関しては手がかりにならない。いくらでも偽りを装えるからな」
今さっきここで会ったときと、昼間に信号待ちで会ったとき、二度の対面の記憶を必死に思い出していた私だったけれど、魔法使いのことをよく知る青街さんに正面から否定されてしまう。
「あ………」
確かにその通りだと、私は瞬時に自分の記憶力が無用となったのだと自覚した。
「それもそうですよね………」
わかりやすく消沈してしまう私に、紫間さんが明るく明るく、やっぱりテーマパークのスタッフなみのテンションで両手をオーバーに振ってみせた。
「そんなことないよ?確かに魔法使いは簡単に外見を変えられるけど、手がかりにならないわけじゃない。青街くんはちょっとだけネガティブボーイだね。でもね、紅守さん。青街くんは一見つっけんどんに感じるかもしれないけど、とても心優しいネガティブボーイなんだよ?彼はきっと、きみのことを心配してるんだろうね。きみや、同期になる予定の、二次試験参加者のみんなのことを心配して、それでちょっとだけ心配性になってるんだろうね。違うかい?青街くん」
「それはあなたが、」
即座に反論しかけた青街さんを、紫間さんがピッと人差し指を立てて制した。
「青街くん?ネガティブも心配性もとても素敵な個性だけどね、ほかの人を脅かすような言動や態度は、控えてくれると嬉しいな。特に紅守さんは、ついさっきまで魔法や魔法使いのことも知らなかったんだからね。きみだって、自分の不用意なひと言で彼女を怖がらせたくはないだろう?」
柔和な物腰は微塵も崩していないのに、紫間さんと青街さんの間には不穏な空気が漂っていた。
さっきの私の消沈具合よりもわかりやすいほどに。
ただ、不穏ながらも、青街さんは紫間さんの意見をまるきり無視することはせず、ちらりと横目で私を見るとハァ……と息を吐いた。
そして、もう一度紫間さんをキッと睨んで言った。
「別に脅かすつもりなんてありませんよ。俺は、うちのホテルに責任を押し付けられるのはご免なだけです。あなたやMMMが一切の責任を負ってくれるんですよね?」
「もちろんじゃないか。入社試験中に起こることは、すべてMMMコンサルティング、そして入社試験担当者である僕の責任だからね。どんなことが起こっても、責任をもってきちんと対応するよ」
誇らしく訴える紫間さんに、青街さんは「何も起こらない、とは言わないんですね」と、芯を突くような返しをした。
紫間さんはクスッと笑い
「当たり前じゃないか。MMMコンサルティングがどんなところか分かってるだろう?魔法使いの会社だよ?何も起こらない方が珍しいに決まってるじゃないか。それはホテル ミスルトゥも同じじゃないのかい?イレギュラーがレギュラーなのは、我々の間ではよく聞く話だ。だからさっき扉が閉まっちゃったのも、そんなイレギュラーのひとつだという認識でいたんだけどね………どうやら、紅守さんの話で、そうじゃない可能性が出てきたかもしれないね」
あの男性に、話題を戻していった。
「紅守さん、どんなことでもいいから、他に何か憶えてることがあれば教えてくれないかな?青街くんはさっきああ言ったけど、外見のことでもいいから、何でも教えてほしい。もしその人物が本当にMMMコンサルティングの社員なら、二次試験が行われるこのホテルで何をしていたのか調べる必要があるし、もし、MMMコンサルティングとは関係ないのにその名を語っているのだとしたら、それは由々しき問題だ。どうだい?何か思い出せそうかな?紅守さんはその人物と話をしたんだよね?彼は何と言ってたんだい?」
優しげではあるものの、紫間さんは、是が非でもその自称MMMコンサルティング社員の情報を入手したいという本音を隠そうとはしなかった。
私はそんな紫間さんの圧を感じるまでもなく、再びあの男性のことを思い返していった。
「…………外見に関しては………品のいい感じで、若いのに、どこか落ち着いてて大人びてるような印象で………私が素直に感じたのは、王子様みたいな男の人……男の人というよりも、男子といった方がしっくりくるかもしれません」
ひとつずつ、思い出せることを言葉にしていったけれど、”王子様” という言葉が出てくると、ふたりして訊き返してきたのだった。
「…………王子様?」
「王子様?」




