4
青街さんはてっきり私と紫間さんを残して先にひとりでホテルに向かうと思いきや、紫間さんが扉を通ってくるのを私と一緒に待っていた。
やがて、紫間さんは「お待たせしてすまないね」と言いながら、こちらに入ってくると、流れるような非常に滑らかな手つきで扉を消した。
紫間さんが右手首をくいっとまわすと、一面にはびこっていた明かりを道連れに、扉がパッと消失したのだ。
その瞬間、何度も感じているあの風がふわり…と流れてきて、そして、通り過ぎていった。
そのあとは、さっきと同じように宵の森に包まれて、ホテルの窓からこぼれる明かりと小道沿いの照明だけになってしまうけれど、ひとり取り残されたさっきとは違い、紫間さんと青街さんのおかげで心細さはまったくなかった。
紫間さんは「よし、これで転移完了」と満足げに頷き、両手をパンパンと叩いた。
「それじゃあ、僕たちもホテルに行こうか」
にこやかに私と青街さんに笑いかけた紫間さんだけれど、青街さんはどこか釈然としてない様子にも見えた。
ただ、彼が無言のうえ無表情なので、私が勝手にそう思っただけかもしれない。
私は特に抵抗感もなく、紫間さんの後をついて行こうとした。
けれど、やはり青街さんには納得いかないことがあったようだ。
「扉が勝手に閉まったこと、調べなくていいんですか?」
低めの声で、でも言葉の輪郭をはっきりさせた問いかけだった。
数歩先に進んでいた紫間さんは「うん?」と足を止める。
「扉、さっき勝手に閉まったと仰ってましたよね?」
その言い方は非難めいた含みを感じさせた。
紫間さんは
「ああ、そうだったねえ」
まるで指摘されるまで気にもしてなかったような返事だ。
だけど、これに関しては私も青街さん寄りだ。
ひとまず今は他の参加者を待たせているので、この場で尋ねることはしなかったけれど、あの扉が急に閉まったことは気になっていた。
紫間さんだって、さっき二度めに扉を開いた際、「何かトラブルがあったみたいだ」と言っていたわけだし。
そして私が最も気になるのは、そのトラブルの原因が私だったのではないかということで………
「もしかして、私が何かしてしまったんでしょうか?」
入社試験の最中に、私が原因でトラブルを起こしてしまったのだとしたら………
心臓が、急速に冷えていく気がした。
けれど紫間さんはきょとん、と私を見てきて、それからハハハと声をあげて笑ったのだ。
「ないないないない。それはないよ。全然ない。まったくない。皆無だよ。あり得ない」
手を振りながら大いに否定してくる紫間さんは、本気で笑っているようだ。
「そ……うなんです……か?」
「うん、そうだよ?僕が言うんだから間違いないよ。仮に、仮にだよ?紅守さんが何かしたことによってあの扉が閉まってしまったのだとしてもだ、紅守さんは今日はじめて魔法の存在を知ったんだよ?そんな紅守さんに何の責任もないに決まってるじゃないか」
紫間さんの笑いながらの即答に、私は本気でホッとした。
どうやら、このトラブルが就職試験の合否に影響することはなさそうだ。
けれど、青街さんはそれでは納得いかなかったようだった。
「責任があるとしたら、紫間さんしかあり得ませんよね」
挑戦的な目で問い詰めた青街さんに、紫間さんは「おやおや」と苦笑する余裕を見せた。
「そうだね。MMMコンサルティング社員が僕しかいない以上、責任者は僕になるね。でも、青街くんだって魔法使い一族なら知ってるだろう?魔法にイレギュラーはつきものだって。まあ、魔法だけじゃなく、科学も自然も、この世に存在しているすべてのものにイレギュラーはつきものだけどね。でも、こと魔法に関しては、他の物とは比べ物にならないほどにイレギュラーが多発するだろう?今きみの隣にいる紅守さんが何よりの証拠じゃないか。彼女はその存在自体がイレギュラーだと思わないかい?これほどに強い魔法の力は今まで確認されていないんだからね。彼女こそ、真の未発見だったということだよ」
魔法の元を持ちながら、その自覚がなく、まだ魔法の存在を知らず、MMMコンサルティングや魔法使いからの接触もなかった者のことを ”未発見” と呼ぶらしいから、紫間さんはそこに引っ掛けたのだろう。
けれど、青街さんは挑む眼差しを退いたりはしなかった。
「イレギュラー?あなたはさっき、トラブルと仰いましたよね?トラブルとイレギュラーの違いは何ですか?」
「いやだな、そんなの言葉のあやじゃないか。いつから青街くんはそんな瑣末なことをチクチク指摘するようになったんだい?キャラ変にしては唐突すぎやしないかい?」
紫間さんは飄々とした態度を微塵も崩さない。
でも確かに、無口無感情無表情だった青街さんが滑らかに会話を運ぶ様は、さっき出会ったばかりの私でさえ ”キャラ変” という言葉が浮かんでしまう。
ただ、青街さんは紫間さんの揶揄するような反論にも更問いを止めなかった。
「では、そのイレギュラーが起こった原因や対策は考えなくていいんですか?ここは俺の実家の敷地でもあります。家族もいます。家族だけでなくホテルの宿泊客や従業員もいます。もしそんなところで、あなたの仰るように何らかのイレギュラーが起こったのだとしたら、それが決して危険を及ぼすものではないということを調査していただきたいんですが。…………それとも、誤魔化すおつもりですか?」
じろりと、顎を引いたうえで紫間さんを睨む。
すると紫間さんはフッと息を小さく吐き、「まさか」と、あくまでも飄々とした微笑みで応じたのだ。
「誤魔化すということは、原因が何かを把握したうえで、きみを欺くということだろう?でも僕だって、残念ながら、何が原因で扉が閉まったのかはわからないよ。今のところはね。ただ、何らかのイレギュラーが起こった、ということはわかる。それだけだよ。そして、魔法にはイレギュラーがつきものだということもね。だいたい、ここは魔法使いが集まるホテルだろう?その魔法使いの誰かが、イレギュラーにつながる何かをした、という可能性だって大いにあり得るんじゃないかな」
紫間さんがそう言ったとき、私はハッとしたのだった。
誤字報告いただき、ありがとうございました。




