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間違いない。
この人は、間違いなく、律ちゃんと私のことをよく知っている。
だけど私はこの人を知らないし、少なくともさっきは、律ちゃんもこの人の登場を訝しんでいた。
私は心をきゅっと固め、私より少しだけ背が高い男性を見上げた。
「あの………大変失礼かと存じますが、MMMコンサルティングの関係者の方、でいらっしゃいますか?」
まずそこをクリアにしなければ、私はこの人ととの会話もままならないのだ。
すると男性は整った眉をわずかに動かして
「関係者?ええ、まあ、そうですけど………」
まるで、今さらそんなこと訊くんですか?とでも言いたげな音吐で返してきたのである。
それを聞いた私は大慌てで頭を下げた。
「それは大変失礼いたしました」
知らされてなかったとはいえ、警戒たっぷりな態度だった私は、ただ平謝りするしかなかった。
入社試験にパスすれば、私の先輩、或いは上司になる人かもしれないのに。
私は警戒で満たしていた心をすっかり青ざめさせていた。
けれど、男性は気分を害した様子はまったくなく、むしろ王子様のような笑顔を見せたのだ。
「いえ、こちらこそ、怪しまれるような声のかけ方をしてしまいましたので、どうぞお気になさらないでください」
私より若く見えるのに、落ち着いた様は年上にも感じられる。
そんな年齢不詳は、まさに魔法使いの特徴でもあるのだろう。
優雅というよりも雅な口調と物腰で、頭のてっぺんを糸か何かで引っ張られているように姿勢はまっすぐ。
後に、この人が実はどこかの国のロイヤルメンバーだったと聞かされたとしても、私は驚かない気がした。
その貴公子が、ふと、顔を斜めにして、私の髪を気にする素振りをした。
「そのヘアアクセサリー、とても素敵ですね」
「え……?」
私は片手を後頭部にまわす。
編み込んでまとめたシニヨンの上に、黒いベロアのバレッタをつけていた。
律ちゃんからのプレゼントで、控えめにビジューが施されているものだ。
誕生日やクリスマス、ホワイトデーなどで律ちゃんから贈り物をもらうことは多かったけれど、その中でも、特に気に入ってるものだった。
「…このバレッタのことでしょうか?」
「ええ。とてもお似合いです。バレッタというのですか?」
「はい、そうです」
男性は顔を近付けて、私の後頭部をじっと見つめてくる。
必然的に顔と顔も近くなり、私は思わずピクリと緊張を走らせた。
と、それを察した男性は
「ああ、これは大変失礼いたしました。女性に不躾に顔を寄せてしまうのはマナー違反ですよね」
苦笑までもが王子様のように気品をあふれさせ、すぐに私から体ごと退いてくれた。
そしておもむろに私の後方にある ”転移の扉” を指差したのだ。
「ところで、もう間もなくあちらの扉が再び開くようですよ」
スッと腕を上げて指差す姿勢も、王子様のように品格がある。
私はそんな仕草に見惚れつつも、その綺麗な指先につられて扉に振り向いた。
「そうなんですか……?」
言われてみれば、扉から感じていた何かの気配が濃くなっている気もする。
やはり、魔法使いにはすぐに感じるものなのだろうか。
それとも、MMMコンサルティング社員である故なのだろうか。
「ええ。どういう経緯で扉が閉じられたのかはわかりかねますが、あちらにいらっしゃる方が急いで再設定されているようですね。それでは、あなたのナイトによろしくお伝えください。二次試験、頑張ってくださいね」
背後からそう言われて、私は「え?」とまた男性に向き直った。
けれど。
もうそこに、男性の姿はなかったのだ。
あのときと同じように、忽然と消えていたのである。
「………え?」
あのときと同じく、私は呆然と男性の立っていた場所を凝視した。
「また………?」
そしてあたりを見まわそうとしたそのとき、扉が開き、次の瞬間には、まるで真昼であるかのように、一気ににあたりが明るくなったのだった。
ふわり……
またあの風が吹く。
「―――っ!」
私は眩しさに順応しきれず、目を細めて手のひらをフィルターにしながら扉をうかがった。
どうやら扉はさっきと同じく、MMMコンサルティングのあのコンクリートの部屋と繋がっているようだ。
そう理解するや否や、
「やあやあ、ごめんごめん。何かトラブルがあったみたいだね」
あの飄々としたテンションの高い声が聞こえてきたのだ。
「………紫間さん、ですか?」
眩しさに目が慣れてきて、手を下げた私は、扉の向こうから顔を出している紫間さんと目が合った。
「うん、そうだよ?紅守さん、ひとりかい?」
にっこり笑う紫間さんの向こうには、青街さんの姿も見える。
「はい……。私がここに来たときには、もうみなさんホテルに向かわれていたようで……」
「そうなんだね。それじゃあ、紅守さんはホテルに行かずに、ひとりで僕たちを待ってくれてたんだね。ありがとう」
「いえ、私が通った直後に扉が閉まって、どうしたらいいかわからなかったので………」
「それは驚かせてしまったね。申し訳ない」
「いえ……」
「俺、もう行っていいですか?」
私と紫間さんの会話を、青街さんが強制終了させた。
感情のトーンが見えないせいで、怒っているようにも聞こえてしまう。
…………実際のところはわからないけど。
紫間さんは「なんだい、青街くんはそんなに早く家に帰りたいのかい?」と揶揄いながらも、扉口を譲ってみせた。
青街さんはじろりと紫間さんを一瞥しただけで何も言い返さず、ため息を吐きながら扉をくぐってこちら側に入ってくる。
魔法に免疫がある青街さんは、さっきの私みたいにキョロキョロすることもなく、さっさと転移を完了し、私の隣に並んだ。
もちろん、無言だ。
短く視線が交わったけれど、それでも、無言を貫かれてしまう。
…………べつにいいけど。
私は魔法の免疫を得るよりも先に、青街さんの無愛想に対する免疫を身に付けたのだから。
誤字報告いただき、ありがとうございました。




