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なにやら深刻そうであり、青街さんの言うあいつらというのが私たち入社試験参加者であるかのように聞こえてならなかった。
二人の会話に気を取られた私は、ほんのわずかに、先に進むことを躊躇ってしまう。
もう両足は扉の向こう、森の風景の中に入り込んでいるけれど、何も聞かなかったこにしてそのままホテルに向かう気分にはなれない。
そう思ったとたん、足が、肩が、体全身が、鉛のように重たくなった。
…………なに?
私は急に動かしにくくなった足をどうにか片方だけ持ち上げ、後ろの扉の向こうにいるはずの二人に、今の会話について尋ねようと振り返った。
その瞬間。
――――――バタンッッ!!!
これまでで一番の強い風が吹き、”転移の扉” は大きな音を立てて閉じられてしまったのだ。
その森に響き渡った音に、私は尋常ではないほどにビクリと震えあがった。
「なっ………!?」
何が起こったのかと、目の前の勝手に閉まった扉を、見開いた目で凝視する。
ただ扉が閉まった音に驚いただけではない。
この扉には魔法が組み込まれていて、普通の風なんかでどうこうなるようなものでないことは、魔法初心者の私にだって推測できるのだから。
そのうえ、扉が閉まったと同時に、あたりを照らしていた春の光のすべてが消え去ってしまったのだ。
「…………どういうこと?」
春の日差しを奪われた薄暗い森の中、古い扉が一枚、ぽつんと立っている。
考えてみれば、もう夕飯どきの頃なのだから、この季節でいえば、日差しが降り注いでいるなんておかしかったのだ。
窓のない地下の医務室にずっといたから、時間的な感覚が鈍くなっていたのだろうけど、それを差し引いても、さっきまでの明るさは昼日中にしか思えなかった。
けれど一転、季節相応、時刻相応を取り戻した薄暗さは、近くにあるホテルと思しき洋館から漏れている明かりと、そこまで続く小道沿いにぽつん、ぽつんと置かれた照明のおかげで、いくらかは緩和されているものの、不安感を煽るにはじゅうぶんだった。
せめてもの救いは、閉じられた扉からは、確かに何かの気配が感じ取れることだった。
おそらくそれは、魔法の気配。
ということは、扉が閉じられたからといって、こちらとあちらが完全に途切れたわけではないのだろう…………そう思いたい。
私より先に扉を通っていった四人は、きっともうホテルに入ってるのだろう。
扉付近には誰もいない。
私ひとりきりだ。
ホテルから誰かが出てくる様子もない。
私は、指示されていた通りにホテルに向かうべきか、扉がまた開くのを待つべきか思案した。
春とはいえ、ここは森の中で、さっきまでいたMMMコンサルティング本社とは違って肌寒い。
私はジャケットの前を合わせて両腕をさすりながら、動きのない扉を見つめた。
そのときだった。
ふわり
ホテルの方から、さっき扉から感じた風と似た風が吹いてきたのだ。
誰かが ”転移の魔法” を使ったのだろうかと、私はほとんど反射的にそちらを振り向いた。
すると一番手前の照明の下に、見憶えのある男性がいたのだ。
ホテルから出てきたのだろか、男性はこちらにゆっくりと歩いてくる。
いや、やっぱり、男性というよりも大人びた男子と表現したくなるような、王子様のような雰囲気のある人物。
彼は、今日MMMコンサルティング本社に向かう途中に出会い、いつの間にかいなくなっていたあの男性だった。
「やあ。またお会いしましたね」
男性はパーカにジャケットというカジュアルな装いにもかかわらず、整った顔立ちに加えてその丁寧な言葉遣いが、さらに王子様度を上げてくる。
「他の方々はもうホテルにお集まりのようですよ?」
穏やかに微笑む男性は、同じ笑顔でも紫間さんのような華やかさは控えめで、落ち着いた、思慮深さも感じさせる。
「そうなんですね……」
さっきも今も、この男性から嫌な感じはしない。
いろいろ事情にも詳しそうだ。
だから私は、たった今扉に起こったアクシデントを伝えようとして、けれど思いとどまった。
この男性がMMMコンサルティングの関係者という確証がないからだ。
さっき、律ちゃんは、忽然と消えたこの人を訝しんで探しにいった。
でもこの男性は、他の人たちがホテルに行ってることを知っているようだし、目の前に不自然に置かれている扉に疑問を持つでもない。
やっぱり私の勘繰りすぎで、この人はMMMコンサルティングの魔法使いなのだろうか……
判断がつかないまま、無難な相槌のみを口にした私に、男性はさらに近付いてくる。
そして
「ナイトは、ご一緒ではないのですね」
さっと周囲を見やりながら訊いてきたのである。
「え………?」
ナイトというのはおそらく律ちゃんのことだろう。
さっき会ったとき、私を迎えに来た律ちゃんに対してそう呼んでいたはずだ。
だけど、どうしてこの人は真っ先に律ちゃんの不在を訊いてきたのだろう?
さっきも、律ちゃんの姿を見るなりどこかに消えてしまった。
まるで、律ちゃんから逃げるみたいに………
律ちゃんのことを思い出したとき、私は、律ちゃんとの約束も一緒に思い出していた。
――――MMMの目の届かないところで魔法を独自に習得して悪行に利用する者もいる。そういった連中にもしユキが目をつけられたりしたら、とんでもないことになる。
――――初対面の相手を信じて警戒心をなくすとか、そういうことは絶対にしないでほしい。
私は無意識のうちにポケットに手を入れ、お守りのように律ちゃんからもらったカードに触れていた。
今がまさに、律ちゃんが危惧していたシチュエーションだ。
この男性の身元が明らかになるまでは、警戒すべきだ。
警戒心を手繰り寄せた私は、きっとバカ正直に顔に出してしまっていたのだろう、男性がクスリと目を細めた。
「どうやら、先ほどよりも警戒されているようですね。ナイトから何か忠告されましたか?」
私はポケットの中でカードを握りしめて。
「…………ナイトって、誰のことですか?」
気付いてないフリでそう尋ねた。
すると男性は「あなたの幼馴染みの彼のことですよ」と即答したのだ。




