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誰と説明するまでもない、青街さんだ。
背が高いので地声が低めなのだろうけど、今のは、絶対にそのせいだけじゃないと思う。
あきらかにクレームの温度だった。
マスクの白蘭さんは、ちょっとだけ目をきょろきょろ動かして、なんだか事の成り行きを面白そうに観賞している。
「おっと、それもそうだね。あまり遅くなったらきみのご両親が心配してしまうかもしれない。ねえ?青街くん」
紫間さんがひょいっと肩をすくめ、まるで海外のシットコムのように、ソファの間を移動しながら陽気に語りかけた。
けれど青街さんの方は愛想笑いの欠片も見せず、「それは知りませんけど」と相変わらずの好印象省エネモードだ。
本人がそれでいいならいいのかもしれないけど、今紫間さんからもあったように、同期として今後長い付き合いになるかもしれない相手に対して、よくこうも無愛想に振る舞えるものだと、ある意味感心はしていた。
もちろん、口数でいえば白蘭さんも同じなのだけど、彼は体調のせいで声を発せないのだから、青街さんとは事情が違うだろう。
私はなんとなく白蘭さんに目線を当てた。
すると、白蘭さんもパッとこちらを見て、視線が合わさる。
けれどそれはすぐに外され、同時に、彼は居心地悪そうにマスクを付け直した。
まるで、私が見ていたことを迷惑だと言わんばかりに。
…………訂正。やっぱりこのふたりは似た者同士かもしれない。
もし入社試験に受かったとしても、このふたりとうまく付き合っていけるのかは大いに不安なところだ。
ただでさえ、”魔法” という大きな不安が確定事項なのに………
いや、一見普通そうに見える緑堂さんも魔法使い一族で、なんだか……ちょっと個性的なタイプにも見えるし、おとなしいシャイな少年に思えた灰霧くんも、なかなかの癖があるっぽい。
最後のひとり、紺咲さんはせめて常識人であってほしいけれど………
本気でそう願いながら紺咲さんを見ると、白蘭さんと同じように目が合った。
けれど、白蘭さんとは大違いで、ふわりと笑いかけてくれて、私はどうかその微笑みが正真正銘の本物でありますようにと祈ってしまうのだった。
「それじゃあ、まあそういうことだから、待ちきれない青街くんのためにも、早速移動しようか」
自分をダシにされたことに、わずかに怪訝な顔色になった青街さん。
こう見ると、完全に無感情無表情というわけでもないのだけど、限りなく薄い色には違いない。
ただ。
「御意ですっ!!」
紫間さんの声かけに咄嗟に灰霧くんが反応したとき。
その一生懸命な感じに私たちは笑い合ったのだけど、青街さん、白蘭さんの目も、ふっと柔らかくなったことを、私は見逃さなかった。
…………訂正。やっぱり人は見かけや印象で簡単に判断してはいけない。
そう肝に銘じた瞬間だった。
それから私たちは、紫間さんの案内に従って医務室を後にした。
退室の際は、受付デスクにいた瑠璃子さんに
「気をつけるのじゃよ」
と見送られて、無無コンビ以外はこっそり笑い合ったりした。
紫間さんに連れてこられたのは、医務室の隣の部屋だった。
隣といっても、医務室との間はかなりあって、長いレンガ壁の廊下を私たちは並んで移動した。
やがて、両開きの年季の入ってそうな重厚な扉の前で立ち止まった紫間さんは、その扉にあのカードをかざした。
その刹那、ガチャッ、ガチャッ……と鍵が解かれるような音が鳴り、ギギギ、ギ……ッ、と扉が開いていったのだ。
扉が完全に開くのを待ってから、紫間さんが先導し、私たち全員が中に入っていく。
赤茶色のレンガ壁で囲われた医務室や廊下とは全然違って、部屋の中は薄いグレーのコンクリートに覆われていた。
窓ひとつない、だだっ広い部屋は、ガラス張りのモダンなエントランスとも、年代を感じさせるレンガ壁の医務室や廊下とも異なり、どこか無機質で、冷たい印象も与えてくる。
ただ、そんな何もない部屋の中には、ぽつんと片開きの扉があり、その扉だけは様子が違っていた。
今私たちが通ってきた両開きの扉と同じくらいの歴史を刻んだ、年代物に感じられるそれは、木の温もりや味わいを存分に発揮していたのだ。
だけど、まったくもって意味不明なのは、その扉が壁ではなく、部屋のど真ん中に置かれていることだった。
まるで住宅建材のショールームのように、一枚だけ、ぽつん、と扉が私たちを待ち構えていたのである。
部屋に入った私たちの反応はそれぞれで、無無コンビの二人は扉を見ても一切無反応。
魔法免疫薄々組の私、紺咲さん、灰霧くんは戸惑いを隠しきれず、魔法免疫濃厚組のはずの緑堂さんは興奮を隠そうともしなかった。
確かに、さっき緑堂さんが妙に高揚感たっぷりに紫間さんと話していた。
あの扉を使わせてもらえる…とかなんとか。
確認するまでもなく、それがこの扉のことだったのだろう。
そういう私だって、興奮とはちょっと違うけれど、この扉に対する好奇心が高まっているのは否定できない。
だって、これは………
「なんだか、某有名国民的アニメに出てくる、あの秘密の道具みたいですね」
私が思っていたことをズバリと口にしたのは、紺咲さんだった。
すると、それを聞いた紫間さんがハハハと愉快そうに声をあげた。
「ここにはじめて来た人はみんなそう言うよ。紅守さんもそう思ったんじゃないかな?」
紫間さんが急に私に振ってくるものだから、私はおかしな意味でなくドキリとして、おかしな焦点の返事をしてしまう。
「でも…………色は、全然、違いますよね」
どこかピントのずれた私の返答にも、全方位的ポジティブな紫間さんは「なかなか鋭い指摘だね」とまた笑った。
「仰る通り、異なるお色はしていますが、どちらも、こことは違うどこかに繋がる、という意味では同じと言えなくもありませんわね」
扉を近くでじっくり観察していた緑堂さんが会話に参加してきたものの、意識は完全に扉に全振りしていた。
もうわくわくが止まらないといった感じだ。
無無コンビはここでも無口を貫いていて、同じく灰霧くんも楽器を抱きしめながらの無言ではあるけれど、海外暮らしのせいか、いまいちピンときてない顔をしていた。
すると紺咲さんが灰霧くんにそっと何かを耳打ちして、灰霧くんも小さく頷いて、その顔からはささやかな憂いは消えていた。
「まあ、それはともかく」
紫間さんが扉の前でパンと手を叩いた。
「今からこの扉を使って二次試験会場のホテル ミスルトゥに移動するよ。この扉は ”転移の扉” と呼ばれたり、ただ単純に ”ドア” と呼ぶ者もいるけれど、要するに、”転移の魔法” を使うための道具なんだ。”転移の魔法” については、今さら説明しなくても想像はできるだろう?距離にかかわらず、ほとんど一瞬で移動できる魔法のことだよ。”転移の魔法” はそこまで難しい魔法じゃないから、MMMコンサルティングの社員だったらほとんど全員が使えるんじゃないかな。この扉を使わなくても、”転移の魔法” 自体は使えるんだけど、人によって魔法の力に差があるからね。力の大きな人は簡単に使える魔法でも、それほど力がない人は転移を一度しただけで疲労困憊になってしまったりするんだ。そこで、この扉の登場だ」
扉の太い枠を、トントン、と紫間さんが拳で打つ。
びくともしない扉。
さっきショールームにある扉みたいだと思ったけれど、それらとは全然違っているような気もしてきた。
一般的な扉よりも、ずっと分厚くて、重たそうだ。
「この扉には、もともと ”転移の魔法” がセットされているんだよ。だから扉なしで転移するときよりもはるかに力の消費が少なくて済むんだ。そのおかげで、うちの社員は日本中どこでも日帰り出張ができちゃうんだよね。便利だろう?ああ、でももちろん、魔法使いなら誰もがこの扉を使えるというわけじゃないんだよ?この扉を使えるのは、MMMコンサルティングの社員のみだ。社員が帯同している場合に限り、社員以外の魔法使い、それに非魔法使いも利用できることになっている。そして、その際、MMMコンサルティング社員の証明として必要になるのが、このカードというわけなんだよ。まあ、魔法の力が強くて扉なんかなくても簡単に転移できちゃう人は、逆にそこらへんにある適当な扉を勝手に ”転移の扉” に変えることができちゃうんだけどね……と、説明はここまでにして、じゃあ早速転移しちゃおうか」
紫間さんはにこにこ顔で、まるで私たちと ”転移の扉” に見せるように、あのカードを目の高さに持ち上げたのだった。




