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マジタスカルガチカミサンガツ?
それは、まるで何かの呪文のように聞こえた。
けれど、魔法関連に疎い私だからきょとんとしてしまったのかと思えば、私以外の人たちの顔にも?マークが浮かんでいるようだ。
言われた緑堂さんも、マスクで顔の半分が隠れている白蘭さんも、無表情が崩れた青街さんも、そして紫間さん、全員が解読不能だったらしい。
ただひとりを除いて。
ただひとり、紺咲さんだけはまるで訳知り顔で、しょうがないな…という感じに苦笑しながら、灰霧くんの通訳を買って出た。
「マジで助かる、神様みたい、ありがとう……と言いたいんだと思います」
………ああ、なるほど。
マジタスカル、ガチカミ、サンガツ……で区切って、マジ助かる、ガチ神………サンガツ?
サンガツが、ありがとう………?
私たちはなおも?マークが消せなかったけれど、当の灰霧くんも自分の口走った言葉に動揺しているようで、顔を真っ赤にさせ、楽器ケースが壊れるんじゃないかと思うほどにきつくきつく羽交い絞めしていた。
そんな灰霧くんを庇うように、紺咲さんが元教え子の華奢な肩を抱き寄せた。
「灰霧くんは生まれてから長い間ヨーロッパで暮らしていたので、日本語より外国語の方に慣れているんですよ。日本語も勉強してはいたみたいですけど、ご家族がお忙しかったこともあって、独学で学んでいたようです。しかもオンラインチャットやゲーム内のボイスチャットを使って学んでいたらしくて、その相手も語学教師ではなく普通の若い日本人だったことから、いわゆる丁寧な日本語よりも先にネット用語や若者の砕けた言葉遣いが身に付いたみたいです。僕が勤めていた高校に編入してくる前には、ちゃんとした日本語の家庭教師もついていたようで、そこからは敬語も使えるように努力してるといいますが、今みたいに驚いたり感情が高ぶったときや、気を抜いたときには馴染み深い言葉の方がポンと出てしまうんです。ね?」
紺咲さんに顔をのぞき込まれ、灰霧くんは楽器ケース越しにこくんと頷いた。
やっぱり彼は、青街さんや白蘭さんの無口&無愛想コンビとは違って、シャイな内弁慶タイプのようだ。
そういうシャイな少年が、年上の女性に急に親し気に話しかけられて、焦ってしまったのかもしれない。
海外育ちで日本語が不得手とくれば、そうなってしまうのも仕方ないだろう。
彼のご両親は音楽家。彼自身も楽器をたしなんでいるのであれば、語学学習など二の次で音楽レッスンを受けていたとしても不思議ではないし、恋愛経験があまりなさそうだというのも想像に難くない。
本格的にレッスンを受ける人は、友人付き合いやその他エンタメ的な娯楽類、時事ニュースにすら時間を割けないというのだから。
音楽家のご両親のもと、ヨーロッパ在住だった灰霧くんのことだから、きっと音楽の英才教育を受けていたのだろう。
「なるほど。海外暮らしが長ければ、そういったこともあるだろうね。でも、最後の ”サンガツ” というのは、どう変換したら ”ありがとう” になるんだい?」
「そうですわ。わたくしも気になっておりましたの」
緑堂さんが紫間さんに加勢し、私は頷くことで同意を示した。
無愛想&無口の無無コンビは相変わらず黙ったままだったけれど。
ただ、そんな無無コンビも、紺咲さんの答えは神経と耳を澄まして待っているようだった。
すると紺咲さんが
「ああ、それでしたら……」
灰霧くん本人に回答権を移譲したのだ。
てっきり紺咲さんが答えてくれると思っていたのだろう、灰霧くんはビクリと楽器ケースを震わせて、かすかに躊躇ったあと、意を決したようにぽそりと呟いた。
「………サンキューガッツ」
「「「サンキューガッツ?」」」
私、紫間さん、緑堂さんの声がきれいに重なった。
思わず私たちは顔を見合わせて、ちょっとだけ笑って、それから紫間さんが代表で尋ねた。
「サンキューガッツ、だから略して ”サンガツ” なんだね?でも、”ガッツ” はどこから来てるんだい?」
紫間さんに正面からまっすぐ見つめられて、灰霧くんはたじろいだように紺咲さんに一、二歩近寄った。
紫間さんの圧に後退した感じだ。
「………知りません。日本ではそう言うって教えてもらったので………」
「そうなんだね。ああ、もしかして今も無理して丁寧な言葉遣いにしているのかい?もしそうなら、気にせず楽な話し方をしてくれていいんだよ?僕はともかく、ここにいるきみたちは同期としてこれから長い付き合いになるんだからね。無理は禁物だ。そう思わないかい?」
くるりと紫間さんが振り返ったので、私と緑堂さんはそれぞれ理解を示した。
「そうですね」
「もちろんですわ。わたくし、同期の方々とは仲良くなりたいと思っておりますのよ?もちろん、あなたとも」
紫間さんに応えるように返した私と違い、緑堂さんはにこっと、ふわふわの髪を揺らしながら灰霧くんに笑いかけた。
すると灰霧くんはサッと紺咲さんの背後に半分だけ隠れながら
「………オネシャス。よしなに」
またもや、呪文を口にしたのだ。
オネシャスヨシナニ?
私は通訳を求めて紺咲さんに視線を投げたけれど、その横で「ああ、”よしなに”、ですわね?」と、緑堂さんが一部を解読してしまったのだった。
「よしなにって………あの、”どうぞよしなに” …の ”よしなに” ですか?」
私がひとりごとのように呟くと、「きっとそうだろうね」と、紫間さんも納得顔をしていた。
紺咲さんは苦笑いを絞り切ったようにため息を吐き、灰霧くんを見やる。
「どうも、灰霧くんが日本語に慣れてないのをいいことに、面白おかしくいろいろ教えいた人がいたみたいですね。まあ、今は方言や古い言葉もネットで使われたりもしてるようですから、悪意があってのことかはわかりませんけど………。あ、ちなみに今灰霧くんが言った ”オネシャス” も ”よしなに” もどちらも、 ”お願いします” という意味で使ってるんだと思います」
そうだよね?
紺咲さんに訊かれて、灰霧くんはこくんと首肯した。
「僕の見ている限りでは、ネットスラングや武士言葉が多いようですね。チャットでは複数の同義語を繰り返し使うこともあったと聞きますから、今のような使い方になるみたいです」
武士言葉と聞いて、私は無意識に瑠璃子さんのいるデスクに視線を投げていた。
そして紫間さんも同じことを考えていたのだろう。
「へえ、武士言葉ね。だったら、瑠璃子さんと気が合うかもしれないね。彼女も似たような言葉を話すから。ほら、さっき医務室に入ってすぐのデスクに着物を着た小柄な女性がいただろう?彼女が藤原野 瑠璃子さん。医務室担当でいつもあそこの受付デスクにいるから、入社したら一度話してみるといいよ」
紫間さんが扉近くのデスクを指差すと、灰霧くんと紺咲さんがくるりとそちらに顔をまわした。
それがまるで親子みたいにぴったりシンクロした動きだったものだから、私はクスッと笑ってしまった。
とたんに、彼らがくるくるっと私を見てきて。
「……すみません。おふたりが親子みたいにぴったりだったので………」
「あら、奇遇ですわね。わたくしもそう思っておりましたわ」
「そうだね。僕も実はそう思ってたんだよ」
私、緑堂さん、紫間さんが顔を見合わせて笑うと、ここまでの流れを黙々と聞き流していたあの男が、地を這うような低い声でぼそりと発した。
「まだ行かないんですか?」




