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紫間さんの号令に、全員が注目する。
もちろん青街さんと白蘭さんもだ。
ふたりは目を開き、やっとか…という風にソファの上で姿勢を正していた。
灰霧くんは傍らの楽器ケースを胸に抱きかかえ、紺咲さんは脱いでいたジャケットに袖を通し、緑堂さんはベレー帽の角度を整えて。
それぞれが、自然と出発の準備をはじめる。
紫間さんはソファセットの中央に立つと
「移動にはちょっとした魔法を使うから、魔法に慣れてない人はほんの少しだけ心の準備もしておいてくれるかい?」
とびきりの秘密を披露するように告げた。
やはり、その芝居がかったような高めのテンションは、催しもののアナウンスをするテーマパークのスタッフのように思えた。
この発表にいち早く飛びついたのは緑堂さんだった。
「まあ、ひょっとしてあの扉を利用いたしますの?」
紫間さんがくるりと緑堂さんに向く。
「さすがは緑堂さん。そのつもりだよ」
「まあ!まだ正式な入社前のわたくしたちにも使わせていただけるなんて、まるで夢のようですわ。本当によろしいのかしら」
紫間さん以上にテンションを高めてくる緑堂さんに、紫間さんは満面に笑みを浮かべる。
「もちろんだよ。きみたちはカード組だからね。入社前とはいえ、立派な魔法仲間でもあるわけだ。それはそうと、きみたち、カードは持ってるね?これから移動するためにはあのカードが必要なんだ。まあ、失くしてもいつの間にか手元に戻ってくるようになってるから、紛失の心配はないんだけどね。ああ、紅守さんに関しては、黒凪くんと僕のカード、二枚を持っていることになるけど、使うのはどちらのカードでも構わないよ」
ふと思い出したように私に目配せしてくる紫間さんだけど、私の中ではちょっとした困惑が生じていた。
律ちゃんから渡されたカードとさっき紫間さんから渡されたカード、どちらもまったく同じカードだったからだ。
「………どちらのカードも、同じですよね?」
確認の意味で問うと、紫間さんは「いや、ちゃんとどちらがどちらのカードか紅守さんには見分けがつくはずだよ?」と即答したのだ。
「え……?」
私は反射的にジャケットのポケットに手を突っ込んだ。
すぐに指先が二枚のカードに触れる。
他の参加者たちからも、私のカードに興味津々な空気が伝わってくる。
けれど、そのカードをつまみ、ポケットから取り出すときにはもう、私はその二枚のカードの違いを確かに感じ取っていた。
「これ………」
「どうだい?二枚とも、全然違うだろう?」
まるで諭すように、そして愉快そうに、紫間さんは目を細めた。
と同時に、他の5人からは、何事だといわんばかりの不思議そうな視線が飛んでくる。
私は彼らに伝えるべく、今自分が感じていることを言葉に乗せたのだった。
「全然、違います。見た目はまったく同じなのに、触れた瞬間、どちらから渡されたカードなのか、感じます。………感じるんです。理由とか根拠とかはわかりませんけど、でも、わかるんです。誰のカードか、直感でわかるみたいです」
右手と左手、一枚ずつを握って目線の高さまで掲げると、にわかにざわつきが起こった。
それは、紺咲さん、灰霧くんの免疫薄い組だけでなく、緑堂さんや青街さんの免疫濃厚組も同様だったのだ。
紫間さんは彼らの反応を完全に予想していたようで
「きみたちが驚くのも無理はないよ。これまでにMMMコンサルティングのカードをふたりの別の社員から渡された人物はいないからね」
少なくとも僕の知る限りは。
そう言うと、にこやかに私の左手のカードを指で弾いた。
それは紫間さんから渡された方のカードだった。
「それではわたくしたち、とても貴重な出来事を目の当たりにさせていただいてるのですわね」
「そういうことになりますね。ほら、灰霧くんももっと近くでカードを見せていただいたらどうだい?」
「………うん」
紺咲さんにすすめられて、おずおずと、でも好奇心が隠しきれないように、灰霧くんが数歩前に出てくる。
私は「見た目は何の変哲もないみなさんと同じカードですよ?」と戸惑いながらも、灰霧くんによく見えるようにカードを差し出した。
じっとカードを見つめる灰霧くんと、その後ろで控えめながら関心の眼差しを向けてくる大人たち。
彼らの一部始終を眺めつつ、紫間さんはこのあとの案内を再開した。
「きみたちにはこのカードを使って、”転移の魔法” で二次試験会場のホテル ミスルトゥまで移動してもらうつもりなんだ」
「”転移の魔法” とは、ファンタジー映画なんかでよく見かける、瞬間移動できる、あれのことですか?」
紺咲さんはおそらく何らかの映画を思い浮かべたのだろう。
私も、何作品かパッと頭に浮かぶ。
つまり、非魔法使いでもすぐ思い出つくような、よくある類の魔法ということだ。
「そうだね。映画や小説、漫画では、魔法陣とか、魔法のアイテムとかが出てくるよね」
「では、このカードがそのアイテムになるのでしょうか?それとも、さっき緑堂さんが仰ってた ”扉” というもののことでしょうか?」
紺咲さんが元教師らしい言い方で問いかけた。
「そのどちらも正解だね。転移の魔法が組み込まれているのは ”扉” だけど、その扉を使用するために ”カード” が必要なんだよ」
紫間さんの説明に、紺咲さんは「ああ、なるほど。そういうことですか」と深く頷いてみせるも、そんな紺咲さんを見上げる灰霧くんは、まだどこか不安そうにも見えた。
すると、そんな灰霧くんを気遣ってか、緑堂さんが「そんなにご心配なさらなくても大丈夫ですわ」と声をかけた。
「はじめてのことでご不安もおありでしょうけれど、それはわたくしも同じですのよ?魔法使い一族とはいっても、これまでに本格的な魔法の経験はございませんもの。ですが、紫間さまがご一緒してくださいますし、何も心配いりませんわ」
年上のお姉さんが年下の男の子を優しく諭すような、平和的なワンシーン………………かに思えたのだけど。
急に話しかけられた灰霧くんはびっくりした様子で、彼から返ってきたセリフは、まったく意表を突くものだったのだ。
「マジ助かる。ガチ神。サンガツ」




