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「やあやあ、戻ってきてくれたんだね。あのまま二次試験をキャンセルしてしまうんじゃないかと心配していたんだよ?黒凪くんからいろいろ話を聞いたんだよね?」
こちらにやって来る紫間さんは、他の参加者たちの注目も引き連れてくる。
そして彼らの方をちらりと見やった瑠璃子さんが、
「そなた。この娘にいらぬすとれすを与えるでないぞ」
ぴしゃりと、まるで母親が子を窘めるように告げた。
「それはもちろん。瑠璃子さんのご心配には及びませんよ」
顔色を変えず、むしろ愉快そうに紫間さんが答える。
「どうだかな」
瑠璃子さんは呆れたように言い吐いてから、私に向き直った。
「もしまた腹が痛むようなことがあれば、すぐに妾を訪ねると良い。医務室におらずとも、誰かしらの訪問があればすぐに知らせが届くからの」
ニッと瑠璃子さんが唇の端を上げる。
もう何度目かのその仕草だったけど、紫間さんからはちょっとした驚きの声があがった。
「おや?瑠璃子さん、いつの間にそんなに紅守さんのことをお気に召したんですか?」
「………そなたは何にでも首を突っ込んでくるのう。まるで己の知らぬことはこの世に存在してはならぬとでも言いたげじゃ。いつかそれで身を滅ぼしかねんぞ」
瑠璃子さんはお人形のような顔を幾分か顰めた。
「ははは、嫌だなあ、そんなこと考えちゃいませんよ。それじゃ、これ以上瑠璃子さんのご不興を買ってしまう前に、紅守さんを連れて行きますね」
「そうするが良い。ああ、そうじゃ。そなた」
瑠璃子さんが私を呼び止めたので顔を横向かせると、デスクチェアに座ったまま、瑠璃子さんが私に親指を立ててぐっとかざしていたのだ。
「ぐっどらっくじゃ」
時代劇のお姫様が絶対にしないであろうサムズアップ。
ぜんぜん似合わないはずなのに妙にしっくり見えて、なんだか、さっきの瑠璃子さんの魔法のように温かくなった気がした。
「ありがとうございます」
私は瑠璃子さんにぺこりとお辞儀をしてから、紫間さんのあとを追いかけたのだった。
※
「ああ、おかえりなさい」
「お戻りになりましたのね」
彼らのもとに戻ると、紺咲さんと緑堂さんはすぐに声をかけてくれた。
他の3人は特に何も言わず、でも私の姿を確認するような視線は感じた。
灰霧くんは楽器ケースを体の横に置いていて、しっかり抱きしめていたさっきまでよりは、多少気構えが和らいでいるようにも感じた。
紺咲さんと灰霧くんの前にはトレイに乗った空の食器が並んでいるので、二人は何か食事をとったのだろう。
緑堂さんの足元にはクラシックなデザインのトランクケースが置かれていて、これはさっき話していたお家の人に持ってきてもらった旅支度に違いない。
緑堂さんが着用しているケープ付ワンピースやベレー帽にもぴったりなトランクだ。
そして残る2人、青街さんと白蘭さんは、どちらも私をちらりと見たあと、ソファに深く身を沈め、居眠りするように目を閉じていた。
それはまるで、誰も話しかけてくるなと訴えているようだった。
青街さん、白蘭さんともに身長があるので、黙っていても存在感が陰ることはない。
そういえば、青街さんは無表情ながらも何度か発言を聞いているものの、白蘭さんに関しては一言も声を聞いていない。
マスクをしているから、ひょっとしたら体調の問題かもしれないけれど、これだけ魔法だの魔法使いだのと散々現実離れした展開を目の当たりにしていれば、ただ言葉を発しないだけでも、じゅうぶんにそういう目で見てしまう。
私はついつい白蘭さんを目で追ってしまっていたのだろう。
それを感知したのか、おもむろに白蘭さんが目を開いた。
「―――っ」
ゆるく癖のかかった長めの前髪の下から、くっきりとした双眸が私を見据えてくる。
マスクのせいで印象が掴みにくいけど、少なくとも目もとはとても華やかだ。
彼とここまでしっかり目が合ったのははじめてだった。
白蘭さんはじっと私を見た後、くいっと指でマスクを直し、また目を閉じてしまう。
せっかく話すチャンスだったのに……小さく悔いていると、
「白蘭くんは風邪をひいていて、声が出ないようなんだよ」
私の様子を察したように、紫間さんが私に教えてくれた。
「まあ、それはお気の毒さまですわね。季節の変わり目はご自愛くださいませね」
緑堂さんがエレガントに同情をかけてみるも、白蘭さんは聞こえたのか聞こえてないのかさえわからない無反応だ。
「あら、そんなに具合がお悪いのですの?それとも、お耳がついていらっしゃらないのかしら?」
にっこりと優雅に首を傾げる緑堂さんに、私はちょっとだけ背中が涼しくなった。
この人は良家のお嬢様なのかもしれないけれど、今日ここまでの言動から、ただのお嬢様でないということは覚えておいた方がよさそうだ。
優美な言葉のナイフを投げられたにもかかわらず、白蘭さんはやはり完全無視を決め込み、一方で、そんなやり取り自体を一切無視する青街さん。
まさか青街さんまで風邪ということはないだろうけど、白蘭さんだって、風邪で声が出ないにしても、もっと友好的な態度でもいいのに。
そういう他の参加者たちに馴染もうという意思が見えないところは、ふたりともよく似ていると思った。
けれど緑堂さんのエッジの効いたセリフでさえ、紫間さんは楽しそうに肩を揺らしていた。
「さすが緑堂家のお嬢様は手厳しいね」
「お褒めのお言葉として頂戴いたしますわ」
クスクス笑う紫間さんとにっこり上品に返す緑堂さんをよそに、ホッとするような和やかさで私に話しかけてきてくれたのは、おそらく最年長である紺咲さんだった。
「紅守さんは、もう宿泊準備のリクエストを済まされましたか?」
「いえ、まだです。みなさんはもうお済みなんですよね?」
私が律ちゃんとこの医務室を出るとき、MMMコンサルティングの担当者にそれぞれがヒアリングされていたはずだ。
「ええ。着替え、日用品、あと好みの飲料品まで、細かに銘柄指定してお願いできましたよ」
「そうなんですね」
「紅守さんも頼まれますよね?」
「そうですね。そうするつもりですけど」
するとしっかり私達の会話を聞いていた紫間さんが
「ああ、紅守さんはまだ要望を聞かれてなかったね。それじゃあ……」
ちらりと扉の方を見やりながら私達の間に入ってきた。
その直後、まるで自動ドアのようにすーっと扉が開き、ひとりの女性が医務室に入ってきたのだ。
「彼女に必要な物をオーダーしてくれるかい。リストには化粧品やインナーなんかもあるだろうから、奥のベッドで相談してくるといいよ」
「わかりました。そうします」
私は紫間さんの指示に従い、部屋に入ってきた女性に案内される形で、さっきまで私が横になっていたベッドスペースに移動した。
そして、本当に細かく各アイテムの銘柄やサイズまでをオーダーした後、みんなが待機するソファまで戻ると、紫間さんが「それじゃ、そろそろ二次試験会場に移動しようか」と、高らかに時を告げたのだった。




