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「ちょ………ちょっと待って、私、自分でそんなの全然感じなくて………え、ちょっと待ってよ、私の存在が世界を変えてしまうなら、じゃあ、もし私が何か悪いことしたり考えたりしたら、世界が悪くなっちゃうってこと?」



もちろん私は悪人なんかじゃない……と思ってる。

でもだからといって、聖人君子なんかでもない。

ちょっとした悪いことくらいいくらでも考えるし、実行だってする。

普通の人間だもの。


焦りだした私を見て、律ちゃんは真剣な顔のまま噴き出した。



「そんな心配しなくて大丈夫だよ。ユキが考えそうな悪いことくらいじゃ、世界は変わったりしないから。それとも、まさか俺の知らないところで世界征服を企んでたりする?」

「まさか!」

「だろう?」


律ちゃんはさらに笑った。



「だから俺がユキを守るっていうのは、悪さを企てる連中にユキの存在が知られないように、もし知られても絶対にユキを傷付けられたり、利用されないようにすることだよ。幸い、これまでにMMMコンサルティング関係者以外の魔法使いからユキへの接触はなかった。でも、これまでの魔法を知らなかったユキとは違って、MMMに入ったらどんどん他の魔法を身に付けてさらに力が強くなっていくだろう。そうなると、もうユキの存在を隠し通すのは難しくなるはずだ。だから今のうちに、ユキには自覚を持ってほしいんだ」

「魔法使いの自覚?」

「それもある。でももっと大切なのは、ユキ自身がどれほど重要な存在なのかを正しく認識することだ。例えば、自分を犠牲にして誰かを助けるとか、初対面の相手を信じて警戒心をなくすとか、そういうことは絶対にしないでほしい。優しいユキには酷なことかもしれないけど、誰よりも何よりも自分を最優先してほしい。この先MMMに入ったら、危険なことに巻き込まれる可能性もゼロじゃない。でも、絶対に自分の身を守ることを忘れないでほしい。俺達もそのつもりだけど、いくら俺達がユキを守りたくてもユキ本人にその意識がなければ難しいだろう?だから、絶対に自分を雑に扱ったりしないでほしい。約束だ。いいね?」


私の顔をのぞき込んでくる律ちゃんの目は、いつもと変わらず優しかった。

いったい私のどこにそんな価値があるのか、まだ自覚はこれっぽっちも湧いてはこないけれど………



「………そうすることが、律ちゃんの役に立つ?」


私は手紙を膝に置き、右手を律ちゃんの手の上に重ね、そっと尋ねた。


「ああ、もちろん」


即答が返ってくる。



「だったら………わかった。約束する」

「よかった」


律ちゃんは深く深く胸を撫で下ろし、重なり合った手を引き抜き、一番上にある私の右手をぽんぽんと叩いてから、そっと離した。




「よし、それじゃあみんなのところに戻ろうか」


そう言った律ちゃんにつられて、私もソファから立ち上がる。


「お腹は?医務室で何か食べる?」

「ううん。なんだか胸がいっぱいで……」

「まあ、いろいろあったし、仕方ないか。でも夜中にもし何か食べたくなったら、ホテルで夜食も頼めるし、我慢は禁物だからな。一応、あとで紫間さんにも一声かけておくよ」

「え………?律ちゃんは一緒に行かないの?」


律ちゃんのオフィスを出る直前、私は足を止めた。

てっきり、二次試験のホテルにも律ちゃんが同行すると思っていたのだ。


律ちゃんは開いた扉を押さえながら「俺は二次試験はノンカード組担当だから、彼らと遅れてホテルに移動する予定だ」と言った。


「ノンカード組……」


思い浮かぶのはあのショートヘアの女性だけど、それよりも、このあとは律ちゃんと別行動なのだと思うと、気持ちが妙にざわついてしまう。


すると、すぐにそれを察した律ちゃんが、私の肩をぽん、と叩いた。



「大丈夫。すぐに合流するし、離れていてもユキには俺の渡したカードがあるだろう?ユキに何かあったらすぐにわかる。必ず駆け付けるから」


律ちゃんに見つめられて、触れられて、いつもと同じようににっこり微笑まれると、不思議と ”大丈夫” だと思えた。

もしかしたらそこに律ちゃんの魔法が込められているのかもしれないけど、今の私ではそれを見抜く術はない。

それでも、このカードの魔法が律ちゃんと私をつないでくれるのだと思うと、心が強くなる気がした。

これは魔法ではなくて、これまでの経験が証明する事実だ。



「…………うん」


私は頷いたあと、扉をくぐりながら、燻っている不安を紛らわせるように律ちゃんに話しかけた。


「そういえば、律ちゃんの魔法の元は何だったの?」

「俺は隔世遺伝といってもイレギュラーだったから、厳密に何が魔法の元だったかは確定できなかったんだ。紫間さんによると、魔法の元の確定は絶対に必要というわけでもないらしい。その後の魔法特性を判別しやすくはなるみたいだけど」

「そうなんだ……。でも律ちゃんなら、魔法の元になりそうなところがたくさんあるよね」


二人並んで廊下を進みながら、会話が続く。

エレベーターに乗り込んでも、それは止まらなかった。



「へえ…例えば?」

「勉強ができるとか、運動神経が良いとか、性格が良いとか、仕事ができるとか…」

「仕事に関してはまだユキは何も知らないだろう?」


ハッと短く息を弾ませる律ちゃん。


「でも、家族旅行とか仕切るの上手だったし、生徒会長だってやってたでしょう?」

「それと仕事とは全然違うよ。ましてや、ここは魔法使いだらけなんだから」

「そうかなぁ……。それじゃ、私の魔法の元は何なのか知ってる?」


他の人より優れていること、他の人とは違うこと………私には、これといってそんな特徴は思いつかないのだ。

けれど律ちゃんは、おもむろに私の頬に指先で触れると、


「その力の強さだよ」


潔く告げた。

頬から伝う律ちゃんの温度に、思わずドキリとする。



「ユキは、自分には何もないと思ってるかもしれないし、まだその自覚もないだろうけど、そのユキの力の強さは、本当にかけがえのないものなんだ。だからどうか、ユキは、ユキ自身を大切に扱ってほしい。その髪の毛一本でさえ、誰かに利用されたりしないでくれ………」


律ちゃんの指が、私の耳もとで泳いでいる後れ毛を優しく揶揄う。



「律ちゃん………?」

「………この髪型、やっぱりユキには一番似合ってると思うよ」


まるで話題を変えるように律ちゃんがいつもの優しく穏やかな声でそうほめてくれたとき、エレベーターの扉が機械的に開いていった。


その刹那。


「――――っ!」


気付いたときには、律ちゃんの腕の中にいた。

律ちゃんに抱きしめられていたのだ。



「ユキ。俺を魔法使いにしてくれて、ありがとう………」



私の耳元で聞こえた律ちゃんの囁きは、ほんのい掠れていて、あまり聞いたことのない声にドキリとした。


けれどそれはあっという間の出来事で、私が何かを口にするよりも早く、エレベータの扉が閉じはじめるよりも先に、律ちゃんは私を手放した。



「さあ、行こうか」


律ちゃんの指が、腕が、声が、ぬくもり遠ざかったことに寂しさを覚えながらも、私は「うん」と返事した。

今は何かを問うたりせず、そう返すのが正解だと思ったから。



そうして、二次試験までの長い長いインターバルが、ようやく終わりを迎えようとしていた。









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